素直じゃなくても、 (1/3)
*半兵衛
涼しげな表情で笑う男に睨みをひとつ。
私は不機嫌なんだ、それを理解しているだろうにせせら笑うような素振りを見せるから。思わず手が出てしまったのだ。
それもするりとかわされるのだけれど。
「あっ、」
崩れる体勢を見越してか、さっと伸びてきた腕が私の腰を掴んで引き寄せる。細腕に見えて、その力は案外強いのだ。
「おや、どうしたのかな?」
あくまで自分は何も知らない、気づいていないという姿勢がとことん気に食わない。羞恥に勝手に赤らんだ顔で、また睨みつけた。
「……半兵衛の馬鹿」
低い声で宣うけど、秀吉様のように怯ませることはできない。語彙力のなさを嘲笑うような口元の笑みが、憎たらしくて堪らなかった。
腰に絡み付く腕を解いて、ぱっと離れると、半兵衛は肩を竦める。
「なに?」
「いや、別に。それにしても、君はいつもつんけんしているね」
「……誰のせいだと思って、」
「なんだい?」
「……もういい」
相も変わらず子どもっぽい、と唇を尖らせて顔を逸らしてしまう自身に心中毒づいた。
からかうような視線を送る彼にも幾らか問題はある。けれども、こんな風にしか働かない私の思考回路も悪いんじゃないか、そうひっそり思った。
「……やれやれ。君は難儀な子だねぇ」
溜め息をひとつ、顎に触れた指先が翻って私を導いた。
眼前には、微笑を浮かべた半兵衛。優しさを含んだそれに、私はいつも戸惑いと嬉しさを覚えてしまう。
認めたくは、ないのだけれども。
また無愛想な言葉を紡いでしまう前に、素早く重ねられた唇はひんやりと湿って冷たい。熱を求めるようにより深く絡め取られた。
「ん、んんぅ……」
鼻にかかった声は、恥ずかしくて穴にでも埋まりたくなる。実際にそんなことをしたならば掘り返されることは明白だから、本気で隠れることはできないが。
「……少しは機嫌を直してくれたかい?」
やっぱり狡いと思う。愉しげに笑ってそんなことを言われたら。
「……半兵衛の阿呆」
素直になんてなれるわけがない。不機嫌な素振りだってやめられないし、半兵衛が好みそうな澄まし顔だって。
「……でも………………好きだから」
真っ赤であろう顔を隠したくて、自分からぽすりと半兵衛の薄い胸板に顔を埋めた。吐息が熱い。
半兵衛の余裕そうな顔が気に食わないし、からかうような言葉にも反発してしまうけれど。
「……ふふっ。僕もだよ、ひな」
好きは好きだから。薄っぺらい気持ちではなく、本当に。たとえ天地がひっくり返ったとしても、嫌いになどなれるはずがないのだ、きっと。
「……ちゃんと言葉にしないといや」
「愛してる」
「……っ」
その涼しげな顔を、つねってやりたいと思った。
素直じゃなくても、
(……うう、半兵衛の、半兵衛の……)
(ひなは気づいているのかな。僕に対して暴言を吐くのは決まって、嬉しがってるときだって)
(…………とんま)
(ふふっ、まあそんなところが可愛いんだけどね)
終
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