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戸を明ければ、あたり一面の白銀。
穢れを清めたような空の蒼に、雲がぽつぽつと浮かぶ。
「ああ、道理で昨夜は冷えると思った」
外を眺め、くすりと笑いながら呟く。
褥を振り返れば、もぞもぞと膨らみが動いている。
眩しさを遮ろうとしたのか。
少し前まで思い切り泣いていたのだから、眼も疲れたのだろう。
疲れやすいのも無理は無い。
半兵衛よりも桃の身体の方が、今は大変な時期なのだから。
「外、見てるの?」
「うん。君はもう少し寝てるといいよ」
「‥‥起きる」
よっこいしょと声を出しながら身を起こす妻の元に戻ると、半纏を肩に羽織らせる。
綿入りのそれはとても暖かいらしく、半兵衛が着せてやるといつも嬉しそうな顔をする。
「袖が綻んでいるようだね。新しい物を用意しているんだが」
「駄目、これがいいの」
見覚えのある品が、冷え性の妻に初めて贈ったものだと知って聞く。
当時は「寒い」を連呼され辟易して与えたものだが、彼女にとっては思い出の品なのだと。
「‥そうか」
この自分を、自分との思い出を大切だと言ってくれる。
他でもない桃が、大切にしてくれる。
それがこんなに尊いのだと、当時の自分は知らずにいた。
限られた時間が許してくれなかったから。
「凄い!真っ白ね」
両の手を取り肩を抱き寄せながら窓へ誘えば、弾む声を上げて。
「この雪が溶けたら、花を見に行こう」
「春?安定期に入ってるから大丈夫だね」
「でも馬は危険だから籠で。君に見せてあげるよ、秀吉が築いた世の中を」
「‥‥うん。私も半兵衛の夢の、叶った姿を見たい」
───君も、僕の望んだ夢だよ。桃。
唇を重ねると嬉しそうにふわり笑う妻に半兵衛はひとつ頷き、雪景色に見入る。
「雪って綺麗だね。綺麗で清らかで、半兵衛みたい。初めて逢った時からずっと思ってた」
「‥雪は嫌いかい?」
その問い掛けに再びこちらを見上げ、桃はおかしげに笑う。
「嫌いなはずないでしょ。半兵衛を思わせてくれるものは全部好き」
「‥‥‥うん。僕も、朝の雪景色は好きだ」
柔らかく包む朝の光と、
光を受けほのかな柔色を帯びた雪。
半兵衛が雪なら、それを照らすのは桃だ。
「でも、君自身には勝てないよ」
「私も半兵衛自身が一番好き」
‥‥‥だから、離れていかないで。
今にも生まれそうな切なさの滲む言葉は、口に乗せることがなく。
おや、と首を傾げた頭一つ高い夫の首に、桃は勢いよく抱き着いた。
半兵衛の腕がその背を支え、抱き締める。
夜は終わるものだと思っていた。
己が命の全ては、友の夢を手中に成す為に。
秀吉の天下という光を掴む為に戦う夜であり、叶う瞬間まで長らえれば良いと願っていた。
長くとも戦が終わる頃には、この身は消えるだろう。
病に蝕まれた身体。
明日には終えるやも知れぬ命、限られた時間。
ただ、夢の道の終着点に辿り着くまで‥‥‥生きていたかった、あの日々。
「知らなかったよ‥‥夜は終わるものでなく、明けるものだとね」
夜が明ければ、光に逢える。
何処かの日輪信者ではないが、愛しく思う。
友と覇道を歩む最中で巡り会った、桃という名の光。
その光を抱き締めたいと願ったのはいつの事だろう。
‥思えばきっと、初めから。
この身体は、とうに尽きている筈だった。
半兵衛だけの「日輪」が奇跡を与えてくれたかのように、自分は今でも生き永らえている。
世は平和となり、秀吉の片腕である自分は、戦とは別の意味で多忙な日々を送れる幸せ。
そして幸せは、もう一つ。
「僕の命は桃、君が紡いでくれる」
零れるのは、以前なら考えられなかった愛しげな自分の声。
‥‥大阪に、この冬初めての雪が積もった。
半兵衛初書き、というかBASARAはほぼ全員初書きですが。
本当は新婚さんのメロメロな甘でも書こうと思ったのに、どうしても彼だとこんな感じになってしまいました。
短編というよりは、連載の最終回っぽくてすみません。
奥方様は妊婦さんです。
仮定未来、史実無視。
秀吉が天下を取った後でも生きている設定で。
どうかしぶとく生きてて欲しいなって想いでいっぱいです。
ちなみに半兵衛ルートでの元就との遣り取りが個人的に好きです。何かこう、全く話が通じてない辺りが(笑)
20090830