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‥‥‥どうして、人は人を愛するんだろうね。
どうして、人は寄り添わずに居られないんだろう。
いずれ君を遺してしまうと知って尚、手離せない僕。
どうか許さないで居て欲しい。
我が侭な僕を責める権利があるんだ、君は。
はつゆき
褥から上半身を起こせば、寒さに身が縮む。
毎夜の如く、気を失ってる間に器用に着付けられた夜着の、襟元が乱れていて。
胸から首にかけて散っている紅は、結婚してから一度も消えた事がなくて。
それは、愛されてる証。
彼の全てで愛されている証。
毎夜、とても優しく触れる彼の所有の証が愛しい。
抱かれて繋がることが無くなって久しいけれど。
それを寂しいと感じさせないほどに抱き締めてくれる彼に、尽きない愛情を感じて仕方ない。
愛しいのに、朝目覚めて泣きそうになるのは、互いに口にしない現実から。
「‥‥‥」
起こさないように指先を近づける。
深く眠る綺麗な顔の、薄い唇にそぅっと触れて。
女の私が羨むほど肌理の細かい肌が微かにぴくりと動く。
触れた指にほんのり掛かる暖かな吐息に、ほっと息を吐いた。
「‥‥‥よかった」
今日も彼は、生きている。
ごめんね。
あなたの眠りを怯える私でごめんね。
新婚当初はあなたよりずっと寝坊してたのにね。
まさかこんな形で、夫より早起き出来るようになるなんて。
‥‥ちゃんと分かっている。
でも、怖くて。
光を失くし闇に堕ちる日が来るのが、怖い。
「よかった‥半兵衛」
「何が良かったんだい?」
「っ!?」
ひどく静かに名前を呼ばれたと思ったら、指を手首ごと掴まれて、驚きのあまり眼を見張ってしまった。
眼をぱっちりと開け、起き上がって私を見上げている。
もしかして、起きてた?
「いつ、から起きてたの‥?」
「君が起きる前から。桃が目覚めに何をするのか観察したくてね」
「な、何をするのかって‥‥!!」
見られてしまったことにバツが悪くなって、綺麗な紫の眼から顔を逸らせた。
‥‥毎朝あなたが息をしているか確認している、なんて。
そんな私、最低なんだから知られたくなかったのに。
分かっているの、みんな、みんな。
人はいつか死ぬ。
病じゃなくても、事故で死ぬことだってある。
平成の世でもそうなのだ。
この戦国乱世ではいつ命が消えてもおかしくない。
元々彼は戦の只中に生きている人なのだから。
「桃」
私の手はぐっと引き寄せられる。
見た目からは信じられない力に抗う間もなく、半兵衛の上に倒れ込んだ。
白の夜着越しの華奢に見える肩は、それでも私よりも広くて‥‥強くて。
ぎゅっと抱き締められるとそれだけで、幸せに眼が眩む。
「毎朝、君を怯えさせてしまうね。すまない」
「‥‥違うよ、半兵衛。私が信じきれていないだけだよ‥‥ごめんね」
あなたの言葉を、信じ切れてないから。
「‥‥いや、心配されるのも実際悪くない。君に愛されているんだ。そうだろう?」
出逢った頃とは比較にならない、感情が籠もった眼差し。
言葉の最中、腰に回った手が宥めるような動きで上に上がってゆく。
まるで大泣きした子供をあやすような撫で方は、昔、夢を追っていた頃の半兵衛らしくない。
あの頃の非情なまでに策を弄する冷たさは、今の半兵衛にはない。
「心配なら何度でも確かめるといい、納得するまでね‥‥‥君を遺して逝きはしないんだよ、桃」
囁きと共に後頭部を引き寄せられて、唇が重なる。
甘く熱いキス。
そして、隙間なく抱き締められた確かな強さに
───ようやく、呪縛が融けた気がした。
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