賭
黄昏が訴える空は赤。
その赤を、見つめていた。
赤は、私の全て。
私の命を救ってくれた、炎の龍。
───真田幸村、そのものの烈しい色。
彼が私を助けてくれたから、
私は此処で生きていられるけれど。
「こんな所で何してるの桃ちゃん?俺様、随分探したよ」
「やっぱり見つかっちゃいましたか」
声が、頭上から降る。
此処なら林の奥だし、少しは一人になれると思ったが、この優秀な忍の前には意味がないらしい。
やれやれと溜め息を吐いて、佐助が木の枝から飛び降りた。
男の体躯から考えられないほどの身軽な着地、それから音を立てない足も、彼が常人離れしていると物語る証拠。
‥‥まぁ、彼だけではなく「この世界」には常人離れしている人ばかりだけれど。
「早く帰るよー。旦那が心配してるから」
あなたは、とても残酷な人。
酷い人。
全て知っていて尚、知らない振りをする。
私をあなたに近付けない様に、予防線を張って。
視線に気付けば彼の名を出す。
私は幸村の許嫁なんだと、無理矢理にでも思い出させるあなたを、それでも私は‥‥。
「‥‥佐助さん」
「んー?」
私は、私からは何も言えない。
言っちゃいけない。
幸村と寄り添うと決めたの。
お世話になった村が賊に襲われ、全滅したあの日。
殺される寸前で助けてくれたのは、赤い十文字槍と赤い装束の彼。
幸村が救ってくれたこの命だから、彼の願い通りにしたいと願ったのは他でもない私だった。
身に纏うその赤と、
同じ位に頬を染めた幸村に請われるまま‥‥私は。
「‥‥‥晩ご飯の、お味噌汁の具、何だと思います?」
「うーん、昨日は葱と麩だったから、今日は若布かな」
「甘い白玉団子だったりして」
「あはは、旦那と同じ事を言うねぇ」
貴方を、知らなければ良かった。
旦那の許嫁だから俺様、責任重大〜。
なんて言いながら、嫌がる素振りもなく世話をしてくれなければ。
今みたいに、何度も迷子になったときに探してくれなければ。それが幸村だったなら。
こんな思いをすることなんてなかったのに。
「じゃぁ、賭けます?」
「味噌汁の具?だけど俺様が有利だよ」
白玉団子は絶対ないでしょ、って。
‥‥そんなこと、分かっているわ。
だからこれは、現実に叶わない賭け。
「もし私が勝ったら、空を飛びたい」
ううん、賭けに紛れた願望。
「空?‥ああ、忍術ね」
佐助さんはきょとん、として。
そうしてクスリと笑った。
「うん。佐助さんの凧に乗りたい。一緒に」
‥‥一緒に。
二人で、誰も邪魔が入らない時間が、欲しい。
風になって空を飛ぶの。
最後だから、佐助さんとの思い出が欲しい。
「‥‥なんてね。私が勝つ訳ないから言ってみただけ」
「じゃ、俺様が勝ったらさ」
おどけて明るい口調に戻した私の頭にポンと手を乗せた佐助さん。
感情を映さない静かな瞳が私を捕らえた。
「桃ちゃんを旦那から奪っても、いい?」
「‥‥え、」
「あーあ。俺様我慢してたのに、降参」
‥‥‥きっと、これは夢。
触れた手が熱いのも、きっと。
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