「‥‥‥」

「‥‥‥」


‥‥‥沈黙が重いんですがどうしましょう佐助さん。

二人きりになってかれこれ十分は経過していると思う。
その間俯きっ放しの幸村は、時折「うぐぅ」だの「だがっ」だの唸っている。
多分涙だって滲んでいるだろう。

どうやら「離縁」の一言が相当効いているらしい。

まあ、離縁だなんて本気じゃない。
と言うより私だって別れるのは御免だ。
けれど、幸村の出方次第。
ちょっとお灸を据えようとは思っている。


「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥桃殿は」

「はい?」


更にたっぷりの沈黙の後、幸村が口を開いた。


「桃殿は、まだ‥‥‥」

「まだ?」

「その、佐助を」

「佐助さん?‥‥‥ああ、そういうことね」


さっきのひそひそ話をまだ引き摺っているらしい。

‥‥‥まったく。


「あのね幸村」


私は向かい合って座っている幸村の手を取った。
びくり、と肩が震える。


「私は怒っているの。何故か分かる?」

「某が、桃殿の外出を禁じたからでござろう」

「うん。それだけじゃないけど。私を籠の鳥にしようとしたよね?」

「‥‥‥」


あろうことか幸村は、私に一切の外出を禁じた。
更に近侍の武士や佐助さんも含め、他の男の人の眼に触れぬように、別棟に閉じ込める準備を始めていたのだ。

私が見るのは彼だけしかないように。
彼だけ、私の世界であればいいと。


それも、私が気付かないうちに籠の鳥にしたかったらしく、普段と変わらぬ態度を貫いていたのだからタチが悪い。

幸い仲良しの侍女が”偶然”耳にして”こっそり”教えてくれたから、計画始動の前に幸村を阻止出来たけれど。

ほんとうに、しょうがない人だ。


「実行前で良かったね。そんなとんでもない事されたらきっと私、気持ちが冷めていたよ」

「‥‥‥それでも貴女は俺以外見えぬ」


「某」から「俺」に。
呼称が変わるとき、微かに狂気が顔を覗かせることがある。

この人は、全てが激しい人。
真っ直ぐで迷い無く‥‥‥いつだって真剣に私を想ってくれる。

一度はその激しさに怯えて逃げた。
他の人を想う心ごと焼き尽くされそうで、怖かった。

でも、今は違う。

それが幸村は、幸村だけは気付いていないだけで。


「幸村はいいの?本当に?閉じ込めて思う存分私を辱めて、それで満足?」

「それは‥‥‥」

「そうなると私は一生幸村に笑いかけない。きっと怒りもしない。残るのは無関心ね。いいの?その辺に落ちてる物のように見られて、幸村は満足?」

「っ、嫌に決まっている!」


幸村はぎゅ、と私の手を握り返した。
漸く顔を上げる。


「すまぬ。‥‥‥貴女を某だけのものにしたかった。貴女を前にすると、狂おしい程胸がたぎる」


幸村の指が、私の手首から腕までをそろそろと辿り、頬に到達した。
そっと触れる指先は小刻みに震えている。


「そうしなきゃ私が離れると思ったの?」

「違う‥‥‥いや、違わぬかも知れぬな」


泣きそうに笑う。
二槍を手に戦の先陣を駆ける若虎からは、想像付かない姿だろう。
私にはこっちの幸村が標準だけど。


「桃殿を力尽くで落としたようなもの。いつ某から離れてゆくのか。いつか笑顔を見れぬ日が来るか。いつ‥‥‥佐助の元へゆくのか」


震える指が、私の唇をゆっくりと撫でてゆく。


「某は、桃殿を失えば生きてゆけぬ」


そうなる前に囲っておきたかったのだ、と言う。


‥‥‥しょうがないなぁ。

これって所謂ヤンデレだよね。
それでも、そんな幸村が愛しいと思えるんだから、私も同類かもしれない。

幸村の両手が私の背中と腰を攫った。
すまぬ、と謝りながら抱き締めるのはどうしようもなく愛しい人。
膝の上に横向きに座る体勢で、私は抱きかかえられた。

もうそろそろ許してあげようか。


「ねえ‥‥‥反省してる?」

「すまぬ」

「もう閉じ込めないって約束する?」

「‥‥‥う、それは」

「や・く・そ・く・する?」

「うう、分かった。誓う」


渋々頷いた幸村は、好物を前にお預けくらったワンコのようだった。
可愛い。
垂れ下がった尻尾と耳が見えてる!‥‥‥幻覚だけど。

何にせよ誓った事は絶対に守る幸村だ。
これで二度と監禁未遂事件は起こらないだろう。

安心した私は、腕を伸ばして幸村の後頭部に回し、ぐっと引き寄せた。
そうして近付いた幸村の唇に触れる。


「な‥‥っ!?」

「何で照れるの。幸村だって散々してるくせに」

「桃殿っ!はは破廉恥なっ‥‥‥!!」

「大好きよ」


ぴしっと石よろしく固まった愛しい旦那様に、もう一度キスを落とす。


「こんなに好きにさせておいて、今更余所なんて行けないの。私が笑えるのは、幸村がお天道さまの下で笑ってくれるから」


胸の鼓動は力強くて、それが幸村の生き方そのものに思えた。
信じられないほど強くて、弱い人。


「某が‥‥‥?」

「そうよ。今の私は、幸村への愛で出来ているの」


我ながらなんとクサイ台詞。
でも今日は言いたい気分だった。


「桃‥‥‥」


好きなのはもう佐助さんじゃない。
とっくに変わっている。

‥‥‥私を救ってくれた人。
叶わぬ恋だと言いながら、他の人を好きだった私をそれでもずっと見ていてくれた人。
優しくて、暖かで、不器用な愛情で私を掬い上げてくれた、愛しい人。

顔を真っ赤に染めながら眼を潤ませて、ぎゅうぎゅうに抱き締めてくれる旦那様が。


「誰よりも好きよ、幸村」

「っ、桃───っ!!」


幸村が叫んだ瞬間、視界がぐるんと動いた。
と思ったら、背中にちょっとした衝撃が走って──気が付けば褥に倒れていた。


「ていうかいつの間にっ!?」

「?佐助が退がる前に敷いていたが‥‥‥?」


気付かなかった。
と言うか変な気を使うんじゃないよ佐助さんの馬鹿!

一体何の為に敷いたの。‥‥‥あ、この為か。成る程。


「桃‥‥‥」


掠れた声と熱い吐息が耳に吹きかけられて、私の全身がびくんと揺れた。
やわやわと膨らみを揉む力加減が絶妙で、身体を知り尽くすほど重ねた行為の成果を思わせた。
最初は不器用で、力を籠めすぎた挙句痛みを訴えた私も、今では素直に没頭してしまう。


「んんっ」

「可愛い、桃」


どろどろのヤンデレも受け止めるから、私を閉じ込めないでね。
本当は、きっと幸村の選択肢なら何でも受け止めてしまうだろう。
だから、幸村が思い留まってくれなきゃ何処までも堕ちてゆく。

太陽の下で照れたように笑う、あなたが好きだから。
その笑顔を闇に堕としたくないから。


「‥‥‥貴女は某のものだ。心も身体も全て、誰にも渡さぬ」


肌蹴た襟から進入する熱が全身に広がる。
夜通し幸村に翻弄される事になった。





私はあなたに閉じ込められている。
───恋という名の頑丈な檻に。

 
  
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