空の下半分が橙色に染まる瞬間が好きだった。


明日も晴天だねって、笑う。

暗くなったら迷子になるでしょ、ってほんの少し口角を上げてくれる。


切ない夕焼けと同じ色の髪が風に揺れる───


優しくて残酷なあの人が、とても。













「女将さん、笹団子ふたつでーす」

「あいよー!ちょっと暇になったし、あんたもあのお客さんの話し相手になってやってよ」

「わかりました!」


女将さんから笹の包みが乗った盆と湯呑みを受け取って、すっかり常連客になったお年寄り夫婦へ運んだ。


「お待ちどうさまです」

「おお、ありがとうな」

「桃ちゃんはいつも頑張ってるねぇ」

「本当ですか?ありがとうございます」


いつもにこにこと笑ってくれるこの夫婦と話すと、私までほっこりと暖かくなった。
午刻ひるどきのピークを過ぎようやくひと段落着いた現在、この夫婦以外の客はいない。


「ああそうだ。聞いたかい?」

「何ですか?」

「戦じゃよ。何でも奥州が攻め入ってくるんじゃとか」

「おじいさん、私は甲斐だと聞きましたよ」

「え‥‥?」

「ああそれ。私も甲斐だって聞きましたが、実際はどうなんでしょうねぇ」



───甲斐。



一瞬だけ肩が震えた。
けれど幸いして、老夫婦にも奥から出てきた女将さんにも気付かれていない。
三人がああでもないこうでもないと話しているのを意識の外で聞きながら、私が唇を引き締めたことも。

これ以上、動揺が表に出ないようにと。


「まっさらなお天道様は、いつになったら拝めるやらねぇ」


女将さんがぽつりと零した言葉が耳に残った。

















逃げる様に上田城を出て、一ヶ月が経った。

ここは越後国のとある場所。

宿の一角を改造したというこの店は、ある「尊い御方」の威光とやらで、越後国はじめての茶屋として営業している。
その方が、私をこ住み込みで働かせて貰えるよう手配してくれたのだ。


「慣れたようだな」


それは、いつも気配もなく突然背後から。


「‥‥‥びっくりした」


今日の仕事を終え日課となった夕焼けの色を見る為に外に出た。
ぼんやりと変わり行く空を見送る為に。
私が我に返ったのは、久方振りに聞く声を聞いて。


「久しぶりだね。元気してた?」

「ああ」

「どうしてここに?あ、心配して来てくれたの?」

「違う!あの方のご命令で来たまでだ」

「そっか。ふふ、私は会いたかったから嬉しいよ、かすが」


いつの間にか茜色が消えた世界に、見事な曲線を描く肢体が艶やかに浮かび上がる。
一方的に思っている友人は、私の言葉にふいと顔を背けた。

感情を隠さなければ生きていけない。それが忍。

そう聞いていたけれど、彼女はどうも別格らしい。


「‥‥‥別に、会いたくないとは言っていない」


ほらね。
ぼそりと落ちる呟きに、私の頬が緩んで仕方ない。
照れて可愛い。優しいかすが。


「ありがとう」

「‥‥っ、ふん」

「そうそう。噂が流れてるよ」

「噂?」


私の声音が変わったことに気付いたのか、彼女の纏う空気に背筋が伸びる心地がした。
磨き抜かれた金属の様な鋭利な空気。

どこまでも硬質で美しい、越後国最大の剣───かすが。


「攻め入って来るのは奥州か甲斐か。町の人達もどっちか混乱しているみたいだけど」


ねぇ、どっち?

真相を知るなら、かすがは持って来いの人物だ。
彼女が心酔して仕える主は、この越後国を治める御方なのだから。


「その件で、お前を連れに来た」

「え?」

「行くぞ。あの方がお待ちだ」

「ええ!?」


今すぐ!?

と聞く暇すらなく、私の体は肉感美を誇る肩に抱えられて、暗みはじめた空に躍り出た。















「大丈夫か?」

「うぅ、えっ‥‥」

「そこで待っていろ。今謙信様をお呼びしてくる」


板間に這い蹲っている私にちらりと視線を投げかけた瞬間、かすがは姿を消した。

心なしか眼が輝いていた。
‥‥‥いや、心なしかどころじゃなく明らかに浮かれていたけれど。

こっちは肩に担がれ腹部が圧迫された体勢のまま木々の枝をびゅんびゅん物凄いスピードと跳躍力で飛び回られたお陰で、頭はぐらぐらの酷い乗り物酔い状態その他諸々、とにかく全身が悲鳴を上げているというのに。

友人(多分一方的な)よりご主人様ですか。


「そ、そんなに謙信様が好きなの‥‥‥って、聞くまでもないよね」


聞くまでもない。


むしろ、羨ましかった。
あんなに一途に誰かを慕うかすがを、愛しいと思う。
真っ直ぐな愛情は見ていていとおしくて。
私には真似出来ないから、羨ましい。

微笑ましさを覚えながら、ふいに声が浮かび上がってくる。
思い出してしまう。





───貴女が誰を見ていようとも、某は貴女しか見えぬ





他の人を想っていたのに。
彼に応える訳にいかない、と思っていたのに。

あの瞬間、酷く心を強く揺さぶられた。

‥‥‥炎のように熱い眼。








と言う訳で、という訳で!!
今回二人が出ません。出ないのって初ですよね。
でもマイハニーかすがの登場で(私の)きゅんは健在です。かすが大好き‥っ!
次回は軍神さまも登場。

誰もが一人だけを思っていられるわけじゃない。
ずっと一途に、好きでいられるわけじゃない。

揺れて悩んで泣いて惹かれて、ようやく見つけられるものってあるんですよね。


ちなみに3の公式サイトで小太郎動画を見てうっかりきゅーんときちゃった伊鳥でした!はんべさんとお館様と佐助をプレイできなくても、3…買おうかな‥‥。
ではでは!




BACK
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -