「桃ちゃん!」


離れて、一ヶ月が経って

最初に聞いた声が切羽詰ったものだ、なんて。



‥‥嫌な予感がした。



「佐助、さん?どうし」

「悪い!旦那の部屋に薬師呼んどいて!今から運んでくるから!」

「えっ‥ちょっ!?」


姿も見せず切羽詰った声だけいきなり届けたかと思えば、気配も一瞬で消える。

私は驚くあまり、手にした籠を取り落としてしまった。
裏の山で採れた茸がごろごろと転がるのを一瞬だけ追ったけれど。


「そうだ!薬師!!」


弾かれたように踵を返し、走り出す。

そうしないと恐怖に心臓が持っていかれそうで。


どうして、あんなに余裕ない声。

どうして、すぐに消えてしまったのか。


どうして。
忍の佐助さんが、感情をあらわにしていたのか。



どうして、‥‥‥。


「っ、違う!」


どうしようもなく湧き上がってくる考えに、思い切り首を振った。


違う、違う。

だって彼は不死身だと思うくらい強かったじゃない。
だから、違うんだ。









途中すれ違った女中頭さんに言葉短く説明をして、寝具の用意を引き受けて貰った。
腕は立つがお年寄りの薬師さんの手を半ば引き摺りながら、幸村の部屋に着いた時には、迷彩柄の背中。


「驚かせてごめんね、俺様ガラにもなく焦ってた」

「いえ‥‥」


振り返り、苦笑を浮かべる佐助さんに眼を合わせられないでいた。


息を吸い込もうとしてるのに、うまくいかない。

座ることすら忘れ上がり口に立ったまま、視線はひたすら褥に。




‥‥この、血の気のないひとは、だれ?




「これは大分血を流されたようですな。止血はお済みで?」

「前にあんたに預かった丹参を使ったから」

「流石、忍殿は処置がお速いですな。ふむ‥‥」


皺だらけの手が馴れた動作で衣服を寛げてそれから、広げた薬箱と胸元を行き来してゆく。

衣擦れの音、時折物を置く音、熱を持った苦しげな息遣い。
部屋の中に生まれる音はそれだけで、誰も口を開かないまま時間だけが過ぎていった。



横たわる人物が身に纏うのは、赤。
見慣れているあの燃える炎の色は、彼そのもの。


顔にも、首元にも赤黒いものが沢山こびり付いていた。
元はきっと紅色をしていたんだろう。

敵の物なのか、それとも彼自身のものか、考えるのも怖くて。


震えてきた。


「‥‥うそ、でしょ‥?」


現れた肌に乾ききっていないぬめりが、赤く紅く照らされていて。

引き締まった腹筋を何度も目にしていたから、間違えようもない。


「真冬なのに寒くないの?」って何度も聞いては、「某は鍛えている故、大丈夫でござるよ」とにこにこ笑って答えてくれたもんね。



「で?旦那は?」

「‥‥この傷でよく此処まで堪えましたな。流石は幸村様、並の武将では最早生きておりますまい。ですが」



佐助さんが短く息を呑んだのが分かった。
水に漬けた布を絞っていた女中頭さんの手が、止まった。



「手は尽くしましたが‥‥‥」

「‥‥」

「今宵が、峠でございましょう」

「‥‥‥‥そ、か」


気の抜けた佐助さんの声が信じられない。





嘘、だよね。

寝てるんでしょ?

タチの悪い、悪戯なんでしょ?

私をびっくりさせようと、佐助さんと仕組んだんだよね。









「‥っ!!幸村ぁっ!!」

「桃ちゃん!?落ち着けって!」




慌てた声と後ろから抱きかかえられた感触。
必死で振り解こうとしたのに、出来ないもどかしさ。




幸村に触れることすら出来なくて、ぼろぼろと涙だけが零れてゆく。







ねぇ、幸村‥‥


起きてよ。



あのほっとする笑顔を、見せて。









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