二人で作った夕飯もお腹の中に消え、片付けも済ませた後。
身を清めた私は今、褥の上に正座している。
真正面には、結婚して一週間目なのに今夜初めて枕を共にする夫、佐助さん。
彼もまた何故か正座していた。
「‥‥ごめん。任務とは言え、初日から桃ちゃんを置いてったからさ‥‥」
忍は決して頭を下げない。
僅か一瞬でも隙を与えるのは命取りだから。
主に膝を付いたとしても、頭を深く下げることはないらしい。
深く忠誠を捧げる相手にのみだと聞いた事がある。
それが、忍の者だと。
だからきっと佐助さんが頭を下げるのは、主の幸村と御館様にだけだと思ってた。
「‥‥頭、上げて。佐助さんのお仕事なんだもん。ちゃんと理解してるから」
「桃ちゃん‥‥でも俺、愛想尽かされたらどうしようかと思ってた」
「愛想尽かすわけないでしょ!」
泣きそうになる。
置いていかれた、なんて本当はほんの少しだけ思ってしまったけれど。寂しかったけれど。
そんな感情は綺麗に消えてしまって、今はそれよりも熱いものが込み上げる。
この人が、私に頭を下げてまで「悪かった」と思ってくれたことに。
「ま、俺様も有り得ないって知ってたけど」
「うわ‥‥騙された」
「騙してないってば。悪いと思ったのは本当だからねー」
顔を上げた佐助さんはにんまり笑っている。
さっきの泣きそうな声が演技だった、と気付いてちょっと悔しかった。
「大体ね、そんなこと言ったら私、御館様と幸村にも怒らなくちゃ」
「あははー、今回は許してあげてよ。旦那には釘を刺しといたから」
「幸村に‥?」
どういう意味だろう。
新婚なのに仕事を押し付けた、だなんて言っても仕方ないと理解しているつもりだけど。
私はそっと膝を進め手を伸ばすと、彼の頬を両手で包んだ。
すると彼が言い難そうに眼を伏せたから、下から覗き込む。
「ほら‥‥真田の旦那も複雑なんだよ。一度は惚れた女を祝福するってのもさ」
小さく、低く呟く声を拾う。
「‥‥‥あ」
ああ、そうか。
『某は桃殿の笑顔が一番好きでござる。お幸せに』
そう言って笑ってくれた幸村に何度謝った事か。
あれは随分前のことだったから、もう風化したんだと勝手に思っていた私は酷いのかもしれない。
でもあの後何度も会ったけれど、幸村は普通に接してくれたから‥‥。
愛しいこの旦那様とは意味が全く違う。
けれど、今でも大好きな友人の幸村。
佐助さんの中ではきっと、複雑な思いが残っているのかもしれない。
私がまだ、僅かなしこりを残しているように。
「まぁ、いくら主とは言っても、桃ちゃんはやらないけどねー」
「‥‥え、開き直った?」
「当然!旦那にはしっかり自慢しちゃってるよ。それにさ、この任務が終わったら休暇を貰うって約束してたんだ」
「休暇‥‥って私のせいだよね?ごめんなさい」
寂しがっているのを知っているから。
こんな私を泣かせまいとしてくれたのかな。
「ん?違う違う!」
ぎゅうっと抱き締められて、背中に柔らかい衝撃を感じる。
触れるほど近くに橙色の、夜でも明るい私のお日様。
それから、髪越しに白い天井が見える。
「お・れ・さ・ま・が桃といちゃいちゃしたいの!」
「いちゃいちゃ‥‥‥佐助さんが言うと、やらしい」
「あららー、そんな事言っちゃうんだ?」
お互い顔を見合わせて、それから同時に吹き出した。
ああもう、幸せ。
幸せすぎて、夢みたいだ。
「んじゃま、お言葉通りにしちゃいますか」
「‥‥んっ」
一週間分ね、と囁かれてから触れる唇は甘くて佐助さんの匂いがした。
これからいっぱい、いっぱい抱き合って。
任務で留守の日でも忘れられないほど、キスをしようね。
私はきっとまた、空や幸村に妬いちゃうけれど。
そして帰って来た佐助さんを困らせちゃうかもしれないけれど。
あなた以上の人なんて、この先現れないから。
「‥‥桃」
私の名を呼ぶあなたの声の優しさに、同じ想いを重ねてくれているのだと感じて。
嬉しくて嬉しくて、この身を全て預ける為に眼を瞑った。
「飛天」で「もし佐助とくっついたら」ということで書きました。
連載を読まなくても大丈夫です。
そして連載では佐助がお相手とは限らないので、あくまでも「if」の話です。
ただひたすらべったべたで甘い佐助さんを書きたかっただけ(笑)
今度は、幸村新婚verも書いてみたいなーと思います。
20090912