「夕飯の支度、まだだろ?間に合って良かったー」

「え?いいよ!佐助さんはゆっくりしてて」

「えーっ!?桃ちゃんに俺様の手料理食べさせるの夢なんだけど!!」

「今までだって作ってくれてたじゃないですか!」

「それは城で旦那に作ってた分でしょ!?今日は桃ちゃんだけに食べさせたいの!」


とあの後「俺様が作るのーっ!」と駄々を捏ねた佐助さんは、子供みたい。

結局私も一緒に厨に立っている。
慣れない手つきで私が根菜を切っている間に、火を熾し研いだ米を炊き、汁物に取り掛かる。
流石、器用な忍というか‥‥まるで主婦だとか思ってしまう。


「桃ちゃん」

「ひっ!?違うの!主婦とか思ってないから!」

「何のこと?‥‥それよりこれ、味見してよ」


何だ、心を読まれてたとかじゃないんだ。
ちゃんと聞かれてなくて良かった。

ホッとして顔を上げれば、佐助さんが匙を片手に笑っている。


「‥‥‥‥あの、猿飛さん‥これ何?」

「やだな、桃ちゃんも猿飛さんだろ?ほら味見ね味見。はい、あーん」


語尾にハートが五個ぐらいぶら下がり周りに花が散ってそうな笑顔を向けられたら、ビシッと固まるのも仕方ないと思う。

い、いやいやいやいや、それは幾らなんでも恥ずかしい。


「じ、自分で出来るから」

「ダメダメ。俺様のこと主婦って言った罰ー」

「え‥聞かれてた!?」

「なーに言ってんのさ。人の耳に入らない音も聞き取れるってのが忍なんだぜ?その俺様が奥さんの言葉を聞き逃す筈、ないよな?」


人の悪い笑み、ってこういうのを言うのだろう。

まさに今その笑顔を体現しながら、匙を持たない左手が私の鼻を摘む。
息が出来なくなるより前に諦めて口を開けば、適温に冷まされた液体が流し込まれた。

こくん、と嚥下しようとしたのに。


「‥‥──ぅ、っん‥!」


上がった声ごと塞がれた唇に、翻弄されてしまう。

驚いて押し返そうとして佐助さんの胸に当てた手は簡単に捕らえられる。
堅くてごつごつとした手が誘導するのに従って、私は橙色の髪を抱き締めた。


「桃‥‥」


舌まで絡めるような深いキスの合間に、ちゅっと音を立てて唇だけ触れたり、ぺろっと舐められたり。

まるで戯れているような、そんな佐助さんの表現が甘くて焦れったい。


「あ‥」

「‥やっぱり俺様って天才。すっげぇ美味いかも」

「‥‥は‥ん、おいし‥」

「──っ!」


てっきり味見のことだと思い本当に美味しかったから頷く。
離れた唇はまだ熱くて、頷いた時に溜め息が零れてしまったのがいけなかったのか。

すると佐助さんは驚いたように私をまじまじと見た後、がっくりと項垂れた。


「佐助さん?」

「‥‥あのね桃ちゃん、無防備なのは俺様の前だけにしてね」

「え?無防備?」

「はぁ‥‥兎に角、他の男には隙を見せないこと!分かった?」

「へ、え?う、うん。分かったけど‥?」

「そ?ま、取り敢えずそれで良いか」


もう少しだけこうしてたかったのに、するりと離された腕に寂しさを覚えた。

‥‥のは、一瞬だけ。


「ほら、早く飯食って続きするよー。俺様そんなに待てないから」


ちゅ、と軽い音と共に重なった唇。

何事もなかったように、さっさと竈に戻った佐助さん。

反対に、今夜これから始まる出来事を想像して、恥ずかしさで立っているのがやっとな私。








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