はじめに
この話は連載「飛天」の設定で、「もし佐助と結ばれたら」という仮定ED後の話になります。
快晴の空はどこまでも青い。
果てしないキャンバスに白い雲が少し浮かんでいるような、絵になる天気。
天恋ふる
夏は暑い。
此処にいれば、そんな当たり前のことを当たり前だと感じさせてくれる。
クーラーも扇風機もない、澄んだ夏の熱。
けれど、ほんの少しあの世界より柔らかく感じる。
それは、アスファルトでなく草地だからだとか、温暖化の影響がこの時代には関係ないからとか、色々あるんだろうけど。
小屋の外で私は暑気に負けず、抱えていた洗濯を終えたての籠を下ろす。
それから空に向かって大きく伸びをした。
「んーっ!いい天気」
青空は好き。
常人では不可能な域まで飛翔する、あの人が好き。
重力なんて存在しないかのように身軽に跳ぶ姿は、始めてみた時から胸の中に住み着いて。
一瞬で忘れられなくさせた人。
でも時々、嫌になる。
‥‥あの人が空から帰ってこない気がして。
このまま、奪われてしまうんじゃないかって、
「いけない!洗濯洗濯っと」
どうやら、ぼんやりとしてしまったらしい。
さっさと今日の仕事を終わらせようと、籠の中の白地に小花模様の着物を手に取った。
干す前に皺を伸ばそう。
そう思った手は、実行されることなく止まる。
私を覆う様に地面に広がる大きな影を見て。
それこそ、私の待ち侘びたものだから。
「‥‥おかえり」
漆黒の羽がひらり舞い落ちるのを見て小さく呟いた。
烏に掴まった手を離すとくるりと一回転して、軽やかに着地を決める人物に。
「ただいまー、‥‥‥っと!?」
籠を放り出し勢い良く抱き着いたのに、流石は男の人。
全くよろける事無く受け止めてくれる。
もっと慌ててくれたらいいのに。
私ばかりがこんなに好きなのって、悔しい。
三日振りに触れた胸板は相変わらず堅くて、暖かくて。
忘れていない感触に、ぎゅっと身体の奥が締め付けられた。
「急にどうしたのさー?俺様としちゃぁ役得だけど」
「‥‥ばか佐助」
「え!?馬鹿って俺?‥‥‥あ。もしかして怒ってる?任務が終わって飛んで帰ってきたんだけどなぁ」
とほほ、と嘆いてみせながらも私の頭を強い力で胸に押し付ける。
分かってる。
幸村や御館様がもっとも信頼している忍隊隊長さんは、例え新婚でも激務だってことは。
そして真実、幸村に報告した後飛んで帰って来てくれたのだろう。
彼はそんな人。
「‥‥怒ってないよ」
「うそうそ、怒っていいよ。新婚初夜が台無しになったんだしね。寂しい思いをさせて悪かった」
──それにね。
言葉を区切ると、佐助さんの唇が頬を掠めた。
私の耳元にそっと息を吹きかけるように、
「俺様も寂しかったよ。早くこうしたくて、旦那のとこから飛んできた」
「‥‥初夜、楽しみにしてたもんね」
「そうそう‥‥って、桃ちゃんが初夜とか言うと、やらしいねー」
「そ、そんな意味じゃ‥!!」
「あ、もしかして照れてる?可愛いなぁもう」
ニヤニヤしながらキスしようと近づけてくるその頬を、両手で思い切り引っ張った。
この愛しい旦那様に対する精一杯の照れ隠し。
ちょっとだけ眼を見開いてから笑う彼にはきっと、お見通しなんだろうけど。
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