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「外に出ることを禁じた筈だが」
「‥‥」
外では今にも結界を破らんと弁慶達が気を高めている。
それに対して特に手を打たず、いきなりゆきの背後に気配を見せた壮年の男。
扉から手を離したゆきもまた、慌てる事無く向き直った。
(やっぱり気付いていたんだね)
「‥当主様、私は外に出ます」
「ならぬ」
「私の事は私が決めます。あなたでも、師匠でもない!」
つい語気が荒くなった勢いのまま、ゆきは懐から呪符を取り出し構える。
それは師の部屋で、郁章が余所見していた隙にこっそりくすねた札。
ゆきが知る中で一番強いもの──だったが。
「ノウマク・サマナ‥‥っ!!」
呪言はほんの僅かしか紡がれず、全身を見えない針に貫かれた。
身体中を苛む無数の痛みに膝を付く。
「‥‥ぅっ‥」
荒い息と涙で霞む視界。
(もうすぐ‥なのに!)
項垂れる体勢で呻き声だけは堪えるゆきの視界に、当主の足が飛び込んだ。
「そなたは安倍晴明の力を引き継ぐ者。土御門家の礎になるべき宿命を持ち、京にやって来たのだ」
「‥違うよ!」
「父の泰明の出生を知っていよう。晴明の宿し切れぬ陰の気を籠めた人形であったと。記述に拠れば、白龍の神子と共に、京から去った。創造主を棄ててな」
「違うっ」
声を出すのが苦しい。
身体の上から、潰れそうに重い気が圧し掛かってくるのだ。
目の前の男の、静かなる怒りのようにも思えて、ゆきは怖かった。
それでも、必死に否定する。
父の‥‥父と母の事を誤解されるのだけは、我慢ならないから。
「お父さ‥‥父は、人形じゃなくて、人だよ‥!!晴明さんを捨ててない!愛してっ‥‥愛されていた!」
目裏に浮かぶのは、幼い頃のゆきと両親の姿‥。
『お父さん。ゆきのおじいちゃんはどんな人?』
一度「逢いたい」と言ったら、困ったように「簡単には逢えない所に居る」と笑うから、ゆきは質問を変えてみた。
父の綺麗な顔が曇るなんて、どうしても嫌だったから。
『──私の父はとても強い人だ。強い意思と大きな心を持っていた』
『お父さんのお父さんはね、すっごく優しくて、お父さんの事をそれはもう大切にしていたんだよ。甘やかしちゃうくらいにね』
『‥‥お前は。余計な事を』
『泰明さん。だって本当のことでしょ?』
『えっ?お母さんほんと?お父さん甘やかされてたの?』
『‥‥‥』
『ふふっ。しかもすっごい格好よかったんだよ〜』
『っ!!うわぁぁあぁ!!』
あの時の父の懐かしそうな、そして優しい眼。
父に向ける母の温かい眼差し。
父は安倍晴明の事を「父」と呼んでいた。
其処にあったのは、創造主ではなく父親に向けた愛なのだと、ゆきは知っている‥。
「‥何も、知らないの、にっ‥‥父のこと‥っ」
苦しい。
まるで敵わない‥‥今は。
否定の言葉も途切れ、何だか視界が朧気に映り始めた。
「人の感情など事実の前には役に立たぬ」
ゆきの訴えをさらりと流し、一切の感情のない淡々とした口調。
頭の中に染み入って、ゆきの意思を奪うように‥‥‥。
ゆきが気付かぬほど巧妙にかけられた、当主の術。
それは彼女の思考を修正すべく言霊を発していった。
「安倍泰明。そして、百年後に生まれたもう一つ人形。それら両方を失った後、土御門家の光は潰えたかに見えた」
背後で、がしゃん、と硝子が割れる音がした。
それをぼんやりとした耳で辛うじて聞く。
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