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その門は、普段は姿を変えている。
一見すると粗末な門扉。
陰陽道の名家といえ、土御門家は権力とは無縁の寂れた家だと、通り過がる者は皆思うだろう。
だが。それは仮の姿。
一旦中に入れば、その広大な土地と豊かな緑、そして一見質素だが質の良い調度品に胆を抜かす。
歴代の主の性格に由来しているのか隠し事が好きな一族だと、ある人物は断定していた。
その「ある人物」‥‥土御門家の内情をある程度知る弁慶は、辿り着いた門扉に眼を凝らした。
「‥‥っ、弁慶さん?」
小さな声が聞こえたのはその時。
「っ!ゆき‥‥」
まるで隣で囁かれている気がして、弁慶の身体が熱くなった。
彼女の声を、一体どれ程聞いてなかったのだろう。
思わず扉に当てた手も、熱を持った。
「其処に居るんですね?」
「はいっ‥‥‥」
涙を懸命に抑えているのだろう。
ゆきの声が震えている。
きっと、弁慶に心配を掛けないように必死で。
そう思うといても立っても居られなかった。
「‥‥それは良かった。今そちらへ行きますから、少しだけ待ってください」
「えっ?でも結界が‥‥」
「大丈夫。僕達を信じて」
陰陽師として当然ゆきも思ったのだろう。
彼女と自分達を遮る強大な壁。
安心させるように「大丈夫」と請け負えば、何かを感じたのだろう。
「‥はい」
恐らくは、弁慶と共に来た仲間達の存在を。
「‥行きましょう」
「うん」
弁慶が振り返ると、皆頷いた。
それぞれが眼を閉じ意識を研ぎ澄ませる。
暗闇にも複数の宝玉がやんわりと光を持ち始めた。
「‥‥うそ」
扉に手をついたまま、ゆきは呆然と呟いた。
外の気が急に騒めき出したのを感じたから。
(これは‥弁慶さんの土気‥‥それから九郎さんの木気、有川くんの金気と景時さんの金の気)
彼らが集中しているのが分かる。
それまで普通に感じ取れていた気は、どんどん膨れ上がってゆくのだから。
(敦盛くんの水と‥先生の土、それから‥‥ヒノエの火気?でも一体なんで‥?)
まるで怨霊相手に戦う時のような、その強い破邪の光が一人欠けた八葉から生まれる。
そして、更に高められていく二つの真白き聖光と、穏やかな光。
「!!結界を破るの!?」
思わず叫んだ。
まさか──
今更気付く自分は相当鈍いのだろうか。
盲点だった。
「そ、だ‥‥龍神の力に敵いっこないんだよね」
陰陽術に長けた一族の結界を、どうやって「陰陽術」で破ればいいのか。
そればかり考えていた。
だからあの時、当主に掴まった後もひたすら考えていたのだ。
力が足りないなら作戦を練らねば、と。
とにかく自分に立ちはだかる壁の事を調べようと。
だからこそ郁章が持ってきた「弁慶の婚儀」の報せに、あんなに動揺して見せたのだ。
心配した郁章が、ゆきを一人にしてくれるように。
夜まで大人しくしていればどうにかなると思って。
嘘じゃない‥本当にショックだったけれど。
でも、離れている間に嫌と言うほど解った事がある。
「神子」
「うん。───行くよ!」
何よりも清らかな二人の声を聞き、ゆきはそっと扉から離れた。
如何に強い霊力を誇る土御門とは言え、京を守護する神の力には分が悪い。
何より、白龍の神子が一緒に居るのだ。
黒龍が欠けているが黒龍の神子の気がそれを補う。
八葉の力を集め、白龍の加護を受け、それを一つの力に集める事の出来る唯一の存在‥‥望美。
彼らに弁慶が頼んだ事とは、言わずもがな。
豪快な誘拐劇の片棒だった。
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