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「たっ‥‥‥大変じゃないですか!どうして教えてくれなかったんですか!」

「そうよ。どうして教えてくれなかったの、兄上?」



弁慶とゆきの個人的な事情は伏せ、ゆきの現状を話した弁慶。

朝緋とヒノエと将臣、そして九郎を除いた仲間達が向けた眼差しは、予想通り非難混じりのものだった。



「すみません。ですが、僕もそう断定したのはさっきなんですよ」



断定したのはさっきでも、弁慶の事だからとっくに仮定していた筈。
そんな素振りを露ほど見せず、いつもと変わらぬ生活を送っていた弁慶。



(昨日なんか『流石にそろそろ寂しいですね』なんて溜め息ついてたのに)



あの時既に、ゆきが幽閉されてると分かっていたに違いない。

‥‥望美は、穏やかな容貌の彼を密かに睨んだ。



「オレにも分からない。何故、ゆきちゃんに会えないんだろう‥」

「そうではないでしょう?君は分からないのではなく、理解したくないだけです」



‥‥‥門前で、彼らに降り注いでいた無数の視線。
それは、紛れもなく『敵意』だった。



「一門以外の人間、つまり外部を拒否する土御門。厳重になった結界。執拗な監視。そして、ゆきの扱い方‥‥‥答えは一つ」


式神は「ゆき様」と言っていた。

「土御門の血に連なる者以外は入れない」と、邸の中に残る彼女を閉じ込めている。


それは、ゆきが土御門家の一員と宣言しているのと道義。



「‥‥‥土御門家が、ゆきちゃんを手に入れる為‥?」

「恐らくは、ゆきの存在に気づいた時から計画していたんでしょうね」



頷く弁慶の横顔を見、絶句したのは景時だけではなかった。



「ゆきの父は、かの高名な安倍晴明の愛弟子であり地の玄武。母は白龍の神子だった女性。二人の娘であるゆきを、土御門家は何としても手に入れたいでしょう」



まさか‥‥。
信じられない、と何人かが首を振っている。



「元宮が幽閉って‥‥‥今までだって機会は幾らでもあったでしょう?どうして今頃なんですか?」

「あぁ。ゆきは土御門家に半分籍を置いているが‥」



先刻の景時と同じく、譲が尤もな事を聞くと、敦盛も同意した。


ゆきと土御門家が初めて接触したのは三年以上も前になる。

今迄に彼女の身柄を確保しようと思えば、幾らでも出来た筈ではないか。




 


その答えを彼らが知るのは、もう少し後になる。











「それに、初めからゆきに気付いていたとは思えないけれど‥‥‥ご両親の事は、あの子自身も随分後になって知ったでしょう?」

「朔の言う通りだよ〜。でもね、ゆきちゃんの力は最初から飛び抜けていたんだ」

「‥‥そう言えばあの時も、兄上や弁慶殿が言っていたわね」



兄の言葉に朔は思い出す。



あれは、ゆきが梶原家にやって来て一ヶ月だったか。
他愛もない好奇心から、手にした兄の陰陽術式銃を暴発させてしまった事があって。

全ては、あの瞬間に始まったのではないか。








『彼女は陰陽師になる素質がある。それも、相当な力を持つ』


『ゆきちゃんは、凄い力の陰陽師になるかもしれない。歴史に名を残すような‥‥』


『九郎。君がもし安倍家の当主だとしたら、一族に欲しいと思いませんか?』


『‥‥‥下手すると搦めとろうと動くでしょうね。幸いにも彼女は女性だ。女であると言う事は、子を産むということです。一族の跡継ぎを誕生させられる』









その時居合わせていたのは当事者のゆきと、梶原兄妹と弁慶、そして此処には居ない九郎のみ。

事情の良く飲み込めぬ望美達に説明している景時を尻目に、朔は嫌な予感を覚えた。



「──ずっと、あの子を欲しかった‥‥?」

「彼女の暴発した気を感じ取った当主殿が、こちらを訪れたのは翌日の事です。表向き、当主殿は僕達に誓いました。『土御門家の事情などには巻き込まぬ』と」

「あの時、呪に掛けて誓ったのよ、ね‥?」

「うん。オレが確認したから間違いないよ。でもね、一般的には簡単な呪の効力は永遠じゃないんだ」

「当主殿が掛けたものは、陰陽道を齧った者なら誰もが扱える、簡単な宣誓の呪でした」



言外に、土御門家の長が行うには余りにも簡単すぎる誓いだと含めている。



「そんな‥」



言葉をなくした朔の代わりに、事情の飲み込めた譲が口を開く。



「まさか、その当主の人は、初めから誓いの効力がそのうち切れるのを知っていたんですか?」

「それって、弁慶さん達を信用させる為に‥‥‥?」

「ええ、きっと。望美さんが言う様に、迂闊ですが僕も完全に信用していました」



望美を向いた弁慶の顔に、表情はなかった。
眼差しが、いつか見た彼の冷たさを垣間見せる。



あの時の‥‥弁慶が望美を切り離そうとした時の、眼。

彼が仲間を、そして白龍をも裏切った時の‥‥冷た過ぎる表情を。




「これは僕の予想ですが」



しん、と静まり返った室内。

弁慶の唇が、ゆっくりと動き出した。




「土御門家は、初めてゆきを見出した時から全て知っていたんでしょう。力も、出生も───土御門郁章殿の呪力によって」

「!?」



よもやそこで、その名を聞くとは誰が思っていようか。



(ゆきちゃん‥‥!!)



望美の手が無意識に拳を作っていた。


 





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