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「現在、土御門に連なる者以外の方は何方もお通し出来ぬ、と当主より申し付かっております」
表情一つ変えず現在向き合っている門番の男は言った。
理由あって、土御門家には一門以外の人間は入れぬ。
そして一門の人間が外部の者と接触する事も許されぬ。
客人が訪れる度に、この男は何度も繰り返しているらしい。
そう言えば道中に擦れ違った者の顔が紅潮していたが、彼もまた土御門家に用向きがあったのだろう。
「──弁慶、彼も式神だよ」
潜められた声で耳打ちする景時に、弁慶は眼だけで頷いた。
成る程。
ならばどんな訪問者にも冷静に冷静に対処出来る筈だ。
act17.どんなに遠くても
「‥‥いつもと空気が違いませんか」
「あ〜、うん。気が張り詰めているよ‥‥‥」
元々、景時は土御門家に弟子入りしていた。
此処で陰陽道の基礎を学んでいる。
土御門家に縁ある彼を連れて来たのは、勿論邸の中に用があるから。
万が一、弁慶の訪問を咎められる事態に備えて。
‥‥‥だが。
「梶原殿も許されておりません」
「オレも?‥‥何かあったのかい?」
思い掛けない言葉を聞き、景時は眼を見張る。
彼ですら内に入れぬ───つまり、それは。
「当主の申し出には『土御門の血に連なる者』のみと。お引取り願います」
「それは困りましたね‥‥中には彼の妹姫が修行で籠もっている筈ですが」
「そうなんだよ〜。身内なんで会わせてくれないかな?あの子に用事があるんだ」
梶原景時の妹姫。
それは朔ではなく、先日養子縁組したゆきの事。
そもそも邸に入るのが目的ではない。
彼女に会う為なのだから、門前でも構わないのだ。
けれど、それすらも却下された。
「ゆき様への面会も硬く禁じられております」
「‥‥は?」
「‥‥‥‥どう云う事ですか?」
「ですから、一門の人間が外部の方との接触は出来ませぬ。土御門家の決定なのです」
───今、この式神は何と言った?
その意を問おうとした弁慶は、けれど肩を叩かれ一旦口を閉ざす。
隣を見れば、弁慶の肩に置いた手はそのまま、景時が険しい表情で前を睨んでいた。
「‥分かりました。では、彼女に言伝をお願いできますか?」
「何なりと」
「ありがとうございます。では、『待っている』と」
頷く式神を残し、二人は踵を返した。
残した伝言は彼女の耳に入らぬ事を確信しながら。
「景時」
「‥‥‥うん。大丈夫」
あと少しで梶原家の京邸に着く、といったとき。
土御門の「監視」の目が離れたと告げる景時の言を聞き、弁慶はそれまで浮かべていた笑顔を消した。
それは景時も同じ。
他愛もない談笑は一瞬で険しい表情に変わる。
「弁慶の予想通りだよ。厳重過ぎる結界と広範囲の監視の目。一条界隈だけじゃない」
「やはり、そうでしたか‥」
昨日、土御門家を訪れた弁慶は同じ式神に同じ事を告げられている。
その帰り際感じた『視線』。
余りにも悪意の籠もったそれに、ある考えを仮定付けた弁慶は、邸に戻ると真っ先に景時の部屋を訪れた。
陰陽道にも土御門の内情にも精通している彼の、力を借りようと思っての事だったが。
弁慶は深い溜め息を吐くと、吹っ切れたように笑った。
「こうなっては僕と彼女だけの問題だと、可愛い事は言っていられませんね。望美さんや白龍の意見も聞きましょうか」
「‥え?どういう事?」
「あぁ、知らなかったんですか?僕とゆきは喧嘩別れしていたんですよ」
「‥‥‥ええええっ!?」
景時が驚くのも無理はない、と弁慶は思う。
ゆきが修行に籠もるのはそう珍しい事でもないし、二人が争う姿など誰も見ていないのだから。
‥‥甥は気付いているだろうが、何も言ってこない。
尤も、親切に教えてやる気など更々ないが。
「‥‥そ、それって朝緋殿が関係してる、とか‥?」
恐る恐る訊ねてくる景時。
弁慶の返した笑みは、どこか苦笑に近かった。
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