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───土御門家の秘術を伝授する───




郁章から真顔で言われたのは、一週間前のこと。


‥‥そう。
たった一週間なのか、もう一週間なのか。



ともかく今のゆきの心境は、まるで世界に置いていかれた迷子のようだった。

世界とまでは大袈裟でも、土御門家に置いていかれた気分だったりする。




「‥‥‥私、確か秘術を伝授してもらうって聞いたんですけど。空耳?」

「ああ、私もそう言った。安心しなさい、君が呆けた訳ではない」

「だよね?ああ良かった。私ボケてなかったんだ」



良かった良かった。とぼやくゆきの顔色はここ一週間あまり冴えない。

そんな彼女に郁章は笑い、けれど彼は何も言わない。
ただ静かな眼差しで、ゆきを見ていた。



「じゃぁ、いつ秘術とやらを教えてくれるんですか?」



一週間、明けても暮れても一室に籠っていた。

食事だとか掃除だとか、日常の細々した用事で室内から出られるものの、大半はこの薄暗く何もない板間で過ごす。

座っている。
否、座った状態でひたすら気を集中させられている。



「いい加減ね、一体何してるか教えて欲しいんだけど、師匠」

「うん?秘術の伝授のことかい?」

「‥‥さっきからそう言ってるのに」



一週間。
ずっと何もしない事に、流石に飽きた。



「それならとうに始まっているじゃないか」

「‥‥‥は?」



ゆきは眼を丸くする。




(これが?)




「私は暇人ではないからね。修行の第一段階は始まっているよ」




郁章は深い溜め息を吐く。

それから、すっかり疲れた表情を浮かべる弟子の頭を撫でた。



「その、土御門家の秘術ってなんですか?最強の術とか、呪符とかなの?」

「‥‥‥修行が終わる頃に君自身が気付くよ。逆に言えば習得出来ぬ者に、土御門の秘密を知る権利などない」



郁章の声が急に温度を下げた。

ごくりと、思わず喉が鳴るような。そんな声。




「それって‥‥知りたきゃ習得しろってこと?」

「理に適っているだろう?」




安倍晴明の世から幾百年経っても、土御門家が陰陽道の主家で居られる最大の秘密。
それを知る者は、即ち、使える者のみ。
古のどの文献にも記されてはいないのだから。

師の話によれば、現在の土御門家では当主と郁章しか知らないらしい。

例え一族であっても、器がなければその存在すら知らぬまま一生を終える───

それは、世に決して漏れぬ様にするには最適なシステムのかもしれない。
頭の中で話を整理していたゆきは、弾かれたように顔を上げた。



(‥‥‥あれ?待って)



思い当たる、一つの疑問。
ここまで気付かなかった自分も凄い、とか同時に思いながら。



「師匠‥なんで私に‥?私、土御門の人間じゃないのに」



‥‥‥胸が、不意にざわめく。



「‥話は終いだ。眼を閉じなさい」

「っ‥‥‥はい」



郁章は答えを与えてくれなかった。
そのことにがっかりする反面、何処かでゆきはホッとしていたのかもしれない。


一体、自分は何処に向かってゆくのだろう。

この治まりそうもない不安を抱いて。














 

「ただいま、弁慶」

「あぁ、朝緋殿でしたか」



京邸の門から外に足を踏み出した時、何処からか帰ってきた幼馴染みとばったり出会った。
彼女は一瞬驚き、すぐに笑顔を浮かべる。



「あら?軍師様は私を誰と間違えたのかしら?」

「君の想像にお任せしますよ」



微笑に微笑で返す。
すると朝緋はやれやれと肩を竦めた。

それから視線をずらして。
弁慶の外套から覗く手に握られた、小さな籠を見つけたようだ。



「これから出かけるの?」

「ええ。頼まれていた薬を届けに」

「私も手伝いましょうか?」

「気持ちは嬉しいですが。相手は一人じゃない上に、服用法を説明していきたいので。僕一人の方が効率は良いんですよ」

「そう。お気をつけて」

「ありがとうございます」



朝緋もそれ以上は話す事がないのだろう。

弁慶に手を振るとそのまま彼を通り過ぎ、開いた門扉に手を掛けた。



「朝緋」



振り返る事のないまま、朝緋の背中に呼びかける。



「いい加減、君の目的を教えてくれませんか?」



‥‥風が止まった。



それはほんの一瞬。
たおやかな長い髪を揺らして、朝緋がゆっくりと振り返る迄の。



「‥‥‥目的って?貴方に会いに来たの。私の事情を知っているでしょう?」

「ええ」

「だから、貴方に逢わずにはいられなかった‥‥‥好きよ、弁慶」



今も変わらず、彼女の想いが何処を向いているか。
それを知らぬとは言わない。


けれど突然の告白は、僅かに弁慶の眼を翳らせた。



 





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