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───桜に魅入られて、いた?───












(いやいやいやいやそれよりも!)


「ヒノエ?ちょ、離してっ‥‥!」

「離さない、と言ったら?」

「もうっ!馬鹿なこと言わないの!」



じたばたと暴れてみる。
が、一向に離してくれない。

ゆきが桜に魅入られていた、と言っていたヒノエ。



ふと、思った。
もしかしたら彼は、腕を離したらまたゆきがどこかに行きそうだと心配しているのかもしれない。

だから、こうして拘束しているのだと‥‥。



「も、もう大丈夫だから、ね?」

「ゆき、オレと熊野に来ないかい?」

「心配かけてごめん‥‥‥‥‥って‥へ?熊野?」




熊野がどうしたというのだろうか。



唐突に出てきた脈絡の掴めない地名は、パニックになりかけたゆきの頭を静めるには効果抜群だった。


動きの止まった身体を、更にヒノエは抱き締める。
ぎゅっと、強く。



「あいつなんて辞めてさ、オレの花嫁になるかい、ゆき?」

「ヒノエ‥?私なら大丈夫だよ‥‥」



ヒノエの一言に胸が詰まった。

此処まで追いかけてくれた彼もまた、見たのだろう。
ゆきがショックを受けた光景を。

呼びかけにも気付かないほど衝撃を受けていたから。


だから‥‥熊野に逃げておいでと言ってくれる。
その心遣いに泣きそうになった。



「気を遣わせちゃってごめんね‥‥‥っ!ヒノエ?」

「オレは本気だけどね」




耳元で囁きかける声が、艶を帯びる。
ゆきの身体がぴくり、と小さく震えた。




「‥‥え、っと‥冗談‥‥‥でしょ?」

「ゆき、お前が好きだよ」

「!!ヒノエ!?」

「‥‥‥最初は珍しいだけだった。まさか本気になるとはね‥‥大誤算、ってとこだけど」




今度こそ、ゆきは固まった。

寝耳に水過ぎて、もう何がどうなっているのか分からなくなって。




「‥‥ゆき?」

「‥〜〜〜っ!!」




腕の中で硬直してる。
そんなゆきに気付き、ヒノエが声を上げて笑う。



「‥‥ふふっ、可愛いね。オレの言葉に頬を染めてくれるなんて」

「はっ!?はぁっ!?」

「そんなお前を見たら、本気で熊野に攫いたくなるかな」

「ほ、本気で‥‥‥って!?じゃぁ今のは嘘だったって事!?」

「オレはいつでも本気だけど?」

「えっ!?え?どっち!?ヒノエ意味わかんない!」

「ははは、この状況下ならどっちでもいいだろ?夜に、男と女が寄り添っているんだ。この後どうなるか‥‥‥知りたいかい、ゆき?」





ちゅっ、っと頬に触れる熱。

直後、ゆきの手がヒノエの身体を思い切り押しのけて。



「ヒノエのっ‥‥‥!!ヒノエのおバカっ!!」



顔を真っ赤にしたのは、羞恥からか怒りからか。
とにかく凄い剣幕で叫んでから、ゆきは踵を返した。

追いかけようか、と思ったが彼女の向かう先が邸である事に気付き、止める。



「あの調子なら、少しは元気が出たかな」



今晩は、ヒノエの理解不能な行動に戸惑って、弁慶のことばかり考えてもいられないだろう。

そう思うと溜飲が下がる。

笑っても泣いても、ゆきを占めるのはヒノエの叔父の事ばかり。
それは周知の事実。



だと言うのに、魂が離れかけた様なゆきを見て、つい口を付いてしまった言葉。
答えなど聞く前から分かっているけれど、つい。



‥‥らしくもない自分の行動に、ヒノエは苦笑しながら肩を竦めた。








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