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いつだって、傍に居られると思っていた。


今日に至るまで、涙は一杯流した。
彼を想って眠れぬ夜を過ごした日々も、忘れられない。

たった独り、ゆきの為に全てを捧げようとしてくれた事が嬉しくて幸せで‥‥‥
でも許せなくて、代わりに自分の命を失くしてもいいと思った。





こんなに想える人が居る。

愛しい人に愛されている。





いつの間にか当たり前のように思っていたのかもしれない。
思い上がっていたのかもしれない‥‥。



(‥‥あ、弁慶さん)


帰る邸の手前で、星明りを微かに反射する髪色に気付いたゆきは、すぐに固まった。
彼が一人ではなかったから。

‥‥一週間前に見た光景が再現されている。


けれど、夜の空気があの時の抱擁を、もっと深い意味のあるものに変えていた。



(何で‥‥)



踵を返せば、もう見なくても済む。

なのにゆきは、手印を組み隠形の呪を唱えていた。

流石に本職の陰陽師に掛かれば、幾ら軍師といえど気配を悟られることはない。
本気で術を使えば、彼の眼を欺く事だって出来る。

だからこそ、今まで‥‥弁慶に対して術を使ったことがないのに。

気配を殺したゆきは、後ろめたい葛藤の中で二人にそっと近付いた。



「‥っ」



聞かなければ良かった、と

激しい後悔に苛まれたのは、すぐ後のこと。











朝緋を見たときから予想は付いていた。

けれど、何処まで予想していたのだろう。


ゆきに気付かない二人は、寄り添ったまま思い出話をしていた。





幼馴染みで、かつて弁慶の恋人だったこと。


夫婦になる約束を交わしたまま別れた弁慶を追って、ヒノエに頼み込んで京まで来たこと。


そして───



『僕も、君との約束だけが心残りでした。ずっと‥‥今でも』



切なく響く声は、ゆきだけが聞けるものだと思っていた、のに。








‥‥‥いつの間にか背を向け来た道とは全然違う場所を歩いていた。





見上げた月が闇に溶け込んで、そのまま消えそうで。
小さな人間の張り詰めた心は、容易く崩れてしまう。







どうか、一生をかけて傍にいて。

与えられる愛を失うのは、もう怖くて。

ずっとずっと、抱き締めていて欲しかった。




それが弁慶に対しての、切実な願い。






‥‥‥本当は知っている。

想いが深ければ深いほど、永遠なんてある筈がないと。

だから怖くて弁慶に直接聞けなかったのだ。
足元から崩れる瞬間を何よりも恐れて。


両親を亡くしたあの日から渇望し、絶望していたもの‥‥。
弁慶に縋ったもの‥‥。



それは、永遠に続く愛情と幸せ。



「バカなのはヒノエじゃなくて、私だよね‥‥‥結局逃げちゃった」



向き合えない弱いプライドなんて、溶けてなくなれば、いいのに‥‥‥。

ゆらゆら滲む月や星と、一緒に。












act14.私を繋ぎとめていて

20090126




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