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すっかり暗くなった空に、煌く無数の光。
郁章の式の背に揺られながら見上げれば、胸が締め付けられた。
「‥お父さん‥‥お母さん‥」
父が生きていたら、静かに話を聞いてくれただろうか。
母が生きていたら、優しく抱き締めてくれただろうか。
今、無性に二人に会いたい。
「‥‥それが甘えなんだって、分かってるのにね」
もう触れられない愛に縋りたいのは、現実から逃げたいから。
あれから弁慶を避けている自分。
突然やって来た彼女と旧知の仲らしい。
が、その事に触れたくなくて逃げている。
そんな弱虫な自分が嫌だった。
予感がする。
聞いてしまえば、戻れなくなると‥。
修行が終わる直前になると、郁章が式にその旨を知らせる式を飛ばす。
京邸には必ず誰かが留守を預かっているから、ゆきを迎えに来てくれる。
‥‥彼女の身に危険が及ばないように。
過保護ともいえるその申し出を最近は有り難く受け取っていた。
知盛との一件があってから、渦巻く恐怖がまだ消えてくれなかったから。
今日も郁章が式を飛ばしてくれたけれど、待てないからと郁章の式を護衛として借り受けた。
だからこそ、他人の気配のない星闇でも恐れずに空を見上げていられる。
満天の光の中、一層輝く白い光。
いつだったか。
皆であの星を指差したのは。
「‥‥北極星をポラリスだと教えてくれたのは、有川くんだったな」
確か京に来てからだったと思う。
こんな夜空の、夏の日。
ポラリスっていい響きだね、とゆきが笑えば、
譲は少し顔を赤らめて笑って、そして‥‥。
「ああ。あの時のゆきがあまりにも綺麗に笑うからさ、譲に嫉妬したよ」
「‥‥‥ヒノエ」
‥‥‥『ふふっ、譲くんに妬けますね』
そう、笑っていた弁慶。
「こんばんは、薄情な姫君。迎えが来る前に邸を出るなんて、まるで羽衣を手に入れた天女のようだね」
「ごめんね。それと、迎えに来てくれてありがとう」
「どう致しまして。ゆきの為ならオレの翼は何処までも羽ばたくさ」
見知った気で予測は付いたものの、ホッとした。
出迎えてくれたのが弁慶でないことに。
(最低だね、私)
「ヒノエ、べ、弁慶さん‥は?」
「さぁてね。夕方に出てったきり戻ってない」
「‥‥そっか」
彼が邸に居ないことは、ヒノエが来た時点で悟っていたけれど。
寂しさの混じった呟き。
ヒノエは何も返さず、静かにゆきを見詰める。
視線の先ではゆきが、狛犬の背から降りた。
ふさふさした毛が生えた頭を撫でながら一言呪を唱える。
すると式は元の呪符に還った。
「ゆき」
「なに?」
歩き出せば星も、月も、二人に合わせて付いてくるような錯覚を起こす。
「何も聞かないのかい?」
「‥聞いてどうするの」
「オレが朝緋を連れて来た事、お前は怒る権利があるからね。あと、知る権利も」
「‥‥‥ヒノエは、ずるいよね」
掠れた声がヒノエの背に突き刺さる。
あぁ‥‥と小さな肯定を返せば、更に強い視線が突き刺さった。
「何か理由があるんでしょ」
「へぇ、そう信じてくれるのかい?怖くてアイツには聞けないのに?」
「聞けるよ!!」
背後で足音が止まったのは、京邸まであと僅かの距離を残した時。
釣られて足を止め振り返ったヒノエは、今にも泣き出しそうなゆきに眼を見張った。
「何でそんな風に試すの!?そうやって煽るの!?」
「‥気付いていたのかい?」
「気付くよ!ヒノエらしくないもん!バカヒノエ!」
今から聞いて来るから!
思い切り舌を出して、ヒノエを追い抜き走りだした。
物凄い勢いで小さくなる後ろ姿に、ヒノエが笑みを浮かべ見送っていた。
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