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久しぶりの師弟の修行は、土御門邸に凄まじい爆音を立てて、ついでに結界内を揺らした。

休憩を忘れて術を飛ばすゆきは、珍しく制御を失っている。

弟子の余裕のなさに気付いた郁章。
一段階強い呪力の籠もった札で、ゆきの術全てを受け止めた。









「あのね、師匠に聞きたかったんだけど」



激しい運動と変わらない修行も一段落が付いた頃。

返事も聞かぬうちに懐に手を入れたのは、気まぐれな師の性格だと断られそうな気がしたから。

郁章は、そんなゆきを見て小さく笑う。



「これ、何?」

「ん?私の弟子は見た物を素直に捉えられぬ程愚かなのかな?」

「もう!そんな意味じゃないって師匠も知ってるよね!?」




郁章は、ゆきから渡された小振りの懐剣を受け取ることはしない。



代わりに指先をそっとその鞘に滑らせた。



「ああ、成る程‥‥悪縁を断ち切りたくて使ったのか」

「‥っ!?し、師匠!」

「今、手を離してはいけない」



郁章が触れた先からどんどん熱を持つ鞘。

やがて持っているのが辛いほど熱くなり、ゆきは涙目になった。







鞘を通して、刀身に注がれていく‥‥‥霊力。

その尋常でない力の強さが、温度となってゆきを震わせる。



「‥‥もう熱くないだろう?持っていなさい。そして使うべき時まで使ってはならない」



真摯な眼で、懐剣を持つゆきの両手ごと、郁章の手が包む。

大きくてひんやりした手が、火傷しそうな熱を一瞬で冷ました。



‥‥‥ゆきは時々思う。

この不思議な力は、本当に霊力なのかと。




「師匠、本当にこれは何なの?」

「いずれ分かる。君が断ち切らねばならない時に、いつか」



そんな答えでは納得いかなくて、むぅっと頬を膨らますと、頭を撫でられた。
手越しにそれ以上は踏み込むな、と言外に伝えてくる。

‥‥いや、撫でる手と言うよりは、彼の発する気が異常な圧力を発しているのだが。



(ほんっといい性格してるよね、師匠ってば)



当の本人はと言えば、無害です、と公言しそうな位に涼しげ。
そのままぐりぐりとゆきの頭を撫で続けた。



「そろそろ帰りなさい。暗くなって来た」

「‥‥‥」



帰れと言った途端、俯く頭。

あまりにもらしからぬ弟子の行動に、郁章は眉を顰めた。



「ゆき?」

「‥‥はい、帰ります」



何か、あったのだろう。

こうまで分かりやすいと、郁章としては微笑ましくもあるが。



「帰りたくないのなら、此処に居ても構わないよ」

「‥え?や、でも‥」

「今更遠慮する必要はない。君の唐突な行動にはうちの者達も耐性がついているからね」

「な、何気なく失礼だよね!?」



落ち込んだり、次には膨れたり。
感情の起伏に激しいゆきが顔を上げる。



何があったのか。
聞いてやることは簡単だ。

ゆきとは師弟以上の繋がりがある。
それこそ『縁』や『運命』で語られる絆が、二人には横たわっているのだから。



けれど、彼女を受け止める役目が自分にないことを、知っていた。




「君が望むなら、私は全てを受け止めるよ。───何なら花嫁になるかい?」

「‥‥‥‥‥‥は?‥‥‥はあぁっ!?」


「ああ、それだよ。ゆきの間抜け面がないと寂しがるだろう、弁慶殿も」

「ま、ま、間抜け面っ‥!!」



ふるふると拳を震わせるゆきとの、『修行』が再開されたのは、言うまでもなかった。


 


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