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「‥‥あら?敦盛くんがいない」
尚もぼんやりしているゆきの知らぬ間に、敦盛は屋敷内に戻ったらしい。
「オレ達に気を利かせて帰ったみたいだね」
「はいはい。そう来ましたか」
「ふふっ。オレは本気だけどさ」
普段から女の子を口説くヒノエの言葉を軽く流す。
それも何時ものパターンで、けれど今、ゆきは戸惑っていた。
今、京邸の庭にはヒノエとゆきだけがいる。
けれどまるで、世界に二人しか存在していないような。
肌に覚えるのは妙な圧迫感。
「ゆき。一つ聞いていいかい?」
「うん?」
「‥‥‥お前はオレを、信じることが出来る?」
「出来るよ」
こくんと頷きながら、ゆきは短く告げる。
彼が何を考えてこんな事聞いてくるのか、見当もつかない。
‥‥けれど。
「ヒノエは私の大切な友達で仲間だからね。無条件に信じるって決めてるの」
虚勢じゃないんだと胸を張る。
寂しさも、孤独も知るゆきにとって、この世界で知り合えた人達は財産。
その中でも弁慶をはじめ梶原兄妹や九郎達「仲間」の存在。
それはかけがえのない、ゆきの中心なのだから。
言わなかった言葉まで理解したのか。
あぁ、とヒノエが小さく笑った。
「‥‥お前には敵わないね」
「そうかな?当たり前なのに」
「ははっ。ゆきらしい答えだけど。恋する男としてはもっと特別な言葉が欲しいかな」
「‥‥恋?って‥ま〜たそんな事言うんだから」
「本気に受け取ってくれないのかい?全く、オレの姫君はつれないね」
「はいはい」
くすくす笑うゆきに、肩を竦めていたヒノエもやがて笑い出した。
‥‥純粋な信頼の前に罪悪感を抱くのは、人としての業なのか。
それとも、純粋で在り得ぬ自分の性なのか。
そんな事をちらりと思いながら、ヒノエは二歩近づいた。
座るゆきの真正面。
手を伸ばせば柔らかさを抱き締められるような、そんな距離。
勿論ゆきを警戒させる行動は取らず、代わりに身を屈める。
耳に顔を寄せれば仄かに漂う甘い香。
眼を閉じて、小さく囁いた。
「‥‥知ってるかい?オレにとってお前は、ずっと特別な姫君なんだって」
「‥‥‥‥ヒノエ?」
やや長い間があって、ゆきの横を通り過ぎた頃。
間の抜けた声が名を呼ぶのを背中で受けながら、振り返らずにそのまま自室へ戻っていった。
「なっ‥‥何だったの、今の‥?」
かすれた声と共に頬に触れたものに首を傾げた。
手のひらを宛てれば、そこはまだ‥‥‥熱い。
「まさか、ね」
頬にキスされた、なんてきっと気のせいだ。と結論付けたけれど。
「何がまさかなんですか?」
「っうわひゃぁっ!?」
背後からの声に思わず立ち上がった。
(突然の不意打ちは困るんだけどもう‥っ!!)
いや、不意打ちは突然来るから不意を打たれるという意味だ、けれども。
この人の不意打ちはいつでも心臓に悪いのだから。
それはもう凄く。
「ふふっ。見事な慌て振りですね。いっそ拍手を送りたくなります」
「っべんけ、さんっ‥‥いつっここ、ここに!?」
柔らかな笑顔と声で言われるそれに、ゆき自身返す言葉が見付からない。
ぶんぶんと手を振り顔は真っ赤。
これではまるで、浮気の現場でも見られたかのよう。
「ヒノエが恋する男、と言っていた辺りかな」
「うひゃぁぁあ‥‥っ」
「大丈夫ですよ、ヒノエも気付いていたんですから。それにしても挑発とは随分と粋な事をしてくれますね」
「ええっ!?」
ゆきを口説く前に彼女の背後に視線を投げていた甥。
それを苦々しく思いながら、弁慶はにこやかな微笑を崩さない。
ヒノエらしいといえばらしいが、らしくないといえばらしくない。
「それで、ヒノエは最後に何を話していたんですか?」
隣の彼女を見れば―――引きつった顔で他所へと視線を泳がせている。
答えるべきか逡巡して、その後、どうせ隠しても弁慶に暴かれると悟ったのか、肩を落とした。
「オレにはただ一人の姫君だ‥‥って」
「そうですか。ヒノエがね。成る程」
にこ、というその効果音つきの笑顔が怖すぎる。
「どうしたんですか?君に怒っている訳ではないんですから、気を取り直して出掛けましょう」
ゆきが固まっているうちに腕を取り、完全に引っ張りながら邸の門を潜った。
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