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―――出逢いは夢の中。


もっとも、私には夢の中だと言うだけで、後に彼が真実を教えてくれたけれど。

運命に導かれ魂魄のみであなたの後ろに居た私。



『お前は夢を見ているのかと知れないが、もう肉体に戻るのだ』

『え?』

『‥‥目を、瞑れ』



あなたは優しく諭してくれた。







表情を浮かべない面差しは冷たく
息が止まるほど綺麗で

―――忘れることは出来なかった。



夢から醒めて、現で出逢っても、いつも
動悸だけはあの時のまま‥‥













act13.並んだ影を重ねてみるの










「‥‥‥うーん‥‥」


うららかな春爛漫。

夜ともなればまだ寒さが舞い戻ってくるものの、午後になれば陽射しが少し険しさを増す。
風のない穏やかな日ともなれば、じっとしていても身体を冷やす事はないだろう。

所は、梶原家京邸の濡れ縁。

座り込んでいるのは眉間に皺を寄せうんうん唸っている、未だ新米から抜け出せない陰陽師。
そして隣には、天の玄武たる青年が同じ様に腰掛けている。



「やぁ姫君、こんな所に座り込んでどうかしたのかい?」

「あ、ヒノエ」

「ふふっ、難しい顔をしているお前も可愛いね。考え事がオレの事なら、嬉しいけど」

「へ?ごめん、ヒノエのことは考えてなかった」

「‥‥‥あっそ」



外から帰ってきたらしい赤髪の青年が声を掛ければ、にこにこと笑いながら結構失礼な発言を返す。
邪気がないだけに性質が悪いと、本人は気付いているのか。



「用は済んだのか、ヒノエ」

「まぁね。敦盛、お前は姫君と逢引ってわけ?」

「‥‥‥いや、そうではない。ゆきが此処なら陽射しが直接当たらないと誘ってくれたのだ」



ヒノエはこっそり溜め息を吐く。
次いで彼女の手に持つ光物に眼を向けた。



「ああ、これ?師匠がくれたんだけどね〜‥‥何か最近になって意味が分からなくなっちゃった」

「‥‥見た所、随分古い短刀だけど。貸してくれるかい?」

「あ、うん」



ゆきの手からヒノエの手へ。

手渡されたのは、あの日知盛に突き立ててしまった一振りの刃。



「へぇ‥‥‥」



ヒノエが恭しく両手で捧げ持ち、刀身を陽光に翳す。

まるで神聖な儀式の如き流れる動作と衣擦れの音に、ゆきは吸い込まれるように見詰めていた。



(うわ‥さすが神職‥‥‥カッコいいかも)



「成る程ね」

「何か感じたのか?」



はい、と徐に返された刀を受け取るゆき。
敦盛がヒノエを促すべく声を掛ける。
それに答えたのは、言葉よりも竦めた肩が先だった。



「長く大切にされた物には魂が宿ると言われているけどね。残念ながら姫君の望む神気は込められていない」

「全く?」

「ああ。お前も敦盛も感じているんだろ?」

「‥‥‥やっぱり、そうだよね?だったら師匠は何で‥」



分かり切った答えを前に、ゆきの眉間の皺は更に深くなる。

彼女に深刻な表情はまるっきり似合わない。
が、二人が見ている分には微笑ましいものだった。

本人が真剣に悩んでいる前で、不謹慎だと思うけれど。



「師匠、これで断ち切れと言ったのにな」










『自分の手で断ち切らないといけない縁が、これから訪れてくるよ』












あれは、何だったのだろうか?

郁章が託してくれたこの短刀は、普通のものではない。
受け取った時には確かに感じたのだから。
あの、強大な気を‥‥。


だが、知盛が怖くて使ってしまった時。
特別な手応えを感じなかった。
郁章が言った様な「縁を切る」力は発揮されてない。

そしてあれから、何も感じない古刀となってしまった。
一体どう説明がつくだろうか。






「ゆき‥‥ゆき?」



敦盛の三度目の呼びかけに我に返る。
どうやらいつの間にかボーっと考えに耽っていたらしい。



「‥‥あ、ごめん。どうも最近納得いかないことが増えた気がするから」

「‥‥そうか。他にもあるのか‥?」

「う〜ん。何か変な夢見るんだよね」



夢、と聞きヒノエが物問いたげな眼差しを向けた。
けれど、このときのゆきは心此処に在らずで、故に視線に気付くことがなかった。 





 


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