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「いた‥‥っ!あの弁慶さん痛 「我慢してくださいね」



涙を浮かべながらの抗議。
けれどこの軍師兼薬師兼恋人には全く通用しない。


ゆきとは間逆の、見惚れるほど柔らかな微笑を浮かべている。

何も知らぬ只の娘ならば、この笑顔に心置きなく見惚れていられた。


だが悲しいかな。
手当てを受けているのは、笑みの裏側に気付く‥‥‥けれど意味まで把握できない‥‥ゆき。



「弁慶さん。まだ、その‥‥‥怒ってる?」

「‥‥‥」




弁慶は密かに嘆息する。

しゅん、と泣きそうに項垂れるゆきにはきっと理解できない筈。
今、彼の内渦巻く感情の全てを吐き出す術を欲している事など。
一生掛かっても気付くことはないかもしれない。




「怒っていませんよ。君が怒られたいなら、叶えてあげますが‥‥」

「そ、そんな鬼畜な‥‥っ!痛たっ!」

「ああすみません、少し染みましたか?」

「‥‥わざとな癖に」

「ん?」

「いいええっ。何でもありません」




ひえぇっ、とか言いながら首を竦めていたゆきだったが、それから押し黙ったのは彼女なりに思う所があったのだろう。




暫しの沈黙。




肉体的にも精神的にも疲れ果てていたゆきが、ことん、と舟を漕ぎ始めたのはそのすぐ後だった。


細かな傷まで丹念に手当てした後、そっと褥に運び、寝かせる。


道具を片付けに戻ろうか。
立ち上がろうとして気付く。
‥‥‥袖をぎゅっと握り締めたままの手に。



「仕方ないな」



くすりと笑って、ゆきの隣に寝転んだ。 










 
───いっそこのまま、最後まで抱いてしまおうか。













自嘲気味に思いながら弁慶は、腕に力を籠めた。
無意識なのか、眠るゆきは胸に擦り寄ってくる。
あどけない寝顔。



「ゆき」



愛しいから、傷付けたくないから、随分待った。
触れる度にそのまま自分を刻み付けたくなりながら、それでも耐えた。

時折行き過ぎてしまい、ゆきに触れる手が熱くなったが、泣き出しそうな眼にそれ以上進めることはなかった。

この忍耐力には自分でも驚く。



(‥‥‥君を大切にしたいだなんて、随分都合良いけれど)



髪を撫でる手がぴくりと揺れる。


いつからか気付いていた。


口接けを深める時、潤みながら弁慶を見上げる眼に、微かな期待が籠められているのを。

ほんの少しだけ先に進んだ行為の最中に聞かせてくれる声が、戸惑いと甘さを孕んでいることも。
染められた頬は無意識ながらも確実に弁慶を煽る。

強引に進めれば、ゆきは拒絶しない。



それでも、一線を越えない理由、それは‥‥。





「君の方から求めて欲しい、なんて僕も随分贅沢ですね」





一人ごちて苦笑する。


ただ、自分の都合で手に入れたいと思わない。
それよりももっと貪欲なのだ。

初々しいゆきの口から聞きたい。聞かせて欲しい。
ただ受け止めるだけでなく、彼女から希求して欲しいのだ。



‥‥清らかなゆきだからこそ壊すのでなく、共に。



尤も、それもいつまで続くか知れないけれど。

腕の中で安らかな寝息を立てる愛しいゆきの額に、唇を寄せた。


















眼を瞑る。眠る為でなく、思考を凝らす為に。











───ゆきの気が一時膨れ上がって消えたらしい。


探ろうともせず、京邸からゆきの気を読み取ったという白龍。


「僕の身に異変が起これば、それも解るんですか?」

「うん。弁慶は八葉だから」



道具箱を取りに行った際に白龍と交わした会話が蘇る。




確かに弁慶は龍神の神子を守る八葉。
白龍と繋がっている事は周知の事実だ。

それに弁慶は宝玉を身に宿す以前、比叡山で読み耽った書物から知識は得ている。


白龍と望美ほどの密接な繋がりには遠いが、白龍と八葉にもまた絆があるのだ。
だから、白龍の言葉は当然の事実として頷きかけ‥‥‥だが、引っ掛かる。









だとしたら、ゆきは?








母が先々代の白龍の神子だった。
だからゆきとも縁が深い、と片付けられなくもない。






‥‥‥それと、どうしても解せない事がもう一つ。








どうしても過ぎるのは、不安。

夜闇に奪われてしまわぬよう、更に抱き締めた。









act12.我儘でもいいから

20081216




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