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「‥ゆき」



‥‥‥遠くで私を呼んでいる。


振り返ると長く続くアスファルトの先に、人影。
すらりとしたシルエットに涙が出そうになった。

きらきら、星がとても綺麗で
でも、京の夜空とは違ってずっと小さな星達。



「‥‥ゆき」



その人の歩幅が愛しい。

のんびり歩きを変えない人。
そして追いついてくれるのをのんびり待つ私。



「‥‥あ、流れ星」



空を流れる輝きは、小さくなってすぅっと消えていく。

‥‥‥何故か、叶わぬ夢を見せ付けられている気がして、胸が締め付けられた。









ドンと衝撃が全身に走る。

意識を喪っていたゆきの眼が、ぼんやりと開いた。



「‥‥う‥ん‥‥‥?」



(‥‥どこ?‥木が一杯だけど‥)



薄暗い林らしいが記憶に無い。



(痛っ‥)



起き上がろうとして身体に感じのは、あちこちに打撲の痛みと、頬に触れる草土。

それらから考えて、どうやら不可抗力で此処に来たらしいと結論付けた。
大方、地面に投げられた衝撃で眼が覚めたのだろうとも。



(って事は一体誰が‥‥‥、あっ)



‥‥思い出した。

暖かくて切ない夢の余韻は欠片も無く消えた。
入れ替わりに現実の混乱が襲う。



「よく眠っていたな‥‥‥お嬢さん」

「‥‥知盛っ」



声を荒げかけたのに、鳩尾に走る痛みが力を奪ってしまう。
意識を喪う衝撃は腹を殴られたことによるものらしい、と、どこか他人事のように思った。



「な、んで‥こんなとこに‥‥」

「クッ‥‥‥お前と、話し合いとやらを、する為‥‥‥とでも、言っておこうか」

「‥‥‥話し合い?」



ゆきの眼が俄にきつくなる。

話し合い、とは互いの同意の下で行われる筈。
明らかに怯えていたゆきを気絶させ、拉致して何を話す気なのか。
怒りに任せてえいっと身体を起こした。
それだけでも痛む腹部。


ふらつく上半身を地面に付いた腕で支えるのは、知盛に対してのせめてもの虚勢。



「ふざけないで」

「ふざけてなど‥居ないさ」

「私には話なんかない。帰る」




ぐっと腕と足に力を入れ立ち上がろうとした。

‥けれど、それは叶わず。
ぴたりと首に当てられた、銀の光。



「‥‥俺を楽しませてくれそうな奴を、帰すと‥‥思うか?」

「‥‥‥なっ!?」






襲う 恐 怖 







ぴりり、と素肌に薄く赤い線を刻んでくれる刀と同じ色の、髪。
嬉しそうな紫の眼は、ゆきには残虐な物にしか思えなくて。

‥‥‥その眼を前にすれば、呪縛されたかのように、動けなかった。






「クッ、いい眼だ‥‥‥俺を恐れながら、刃向かう‥‥か」



潤みながらもきつく睨みつけるゆき。
首筋から、つぅと赤い筋が糸のように滴り落ちる。
今にも逃げ出したくとも不可能だから、と必死に自分を立て直そうとする女の肌は白く、紅が映えていた。



「‥‥‥嬲るのは、些か苦手だが、な」

「だったら帰してよっ‥‥」



どう見たって、力関係は一方的。



「‥‥わ、私にはあんたに張り合うなんて不可能だよ‥っ」

「‥ククッ。笑わせてくれる‥‥‥ゆき」



低く嘲笑う声が、ざわりと神経を逆撫でる。

恐い。
怖い。
‥‥悔しい。

でもそれ以上に震える自分が、情けなくて。

ゆきは、知盛に何も答えられなかった。
刀を突きつけられたまま、顔が近づくのを止める事も出来ない。

 





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