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「‥ん?」
バサ、と、小さな羽音を耳が捉えたのは、軍奉行兼陰陽師の景時だった。
何故ならそれは鳥の羽が叩く音とは少し違う、独特のものだったから。
真っ直ぐこちらに近づく音。
それはすぐに、他の二人にも聞こえた。
「鳥‥‥ではない、これは‥‥」
まさか、と眼を見張る弁慶に景時は心の中で感心した。
陰陽術に精通しているわけではない彼が、ソレが姿を見せる前に気付くとは。
流石恋人なだけはある。
「なんだ、弁慶?」
「九郎、あれはゆきちゃんの式だよ。滅多に見られないけどね〜」
景時は陰陽術式銃を構えると、庭から飛び込んできたモノ‥‥‥白い小鳥を狙った。
ゆきが式神を飛ばすこと自体珍しい。
滅多に見られない小鳥に、彼女が言伝を託している場合、こうして呪を掛けた方が早く開封出来る。
‥‥‥だが、引き金を引く前
白い存在は突如、消えた。
「‥‥え?」
式は姿を消し、代わりにひらひらと舞い降りるのは、呪符。
一瞬の出来事に戸惑っている景時や、初めから意味の分からない九郎。
そんな彼らを余所に、弁慶は庭に降りると足元の呪符を拾った。
それは、恋人が普段から持ち歩いている何の変哲もない白い紙。
「‥‥‥飛ばすのが精一杯、だったのかな‥」
景時の声がやたらと耳に残る。
『この紋様だけは描くのが上達したねこの紋様だけはねって、師匠が言ってくれたんです。褒めてるんだか褒めてないんだか』
苦笑とともに彼女がよく見せていた札に触れると、異様な程皺が寄っていた。
まるで必死で握り締めた跡のように。
嫌な予感がした。
「弁慶!?」
呼び止めた声は九郎だったか景時のものか。
門に向かって走り出した弁慶には確認する余地が無かった。
此処に弁慶達が居ると知って、充分な力を籠められずに式を放つことで精一杯だった、とするなら。
‥‥‥この式は、助けを求めるゆきの声。
一度目は鞍馬山で、気配なく現れたモノを振り向き様に斬った。
知盛にすら気取らせずに近づくのは、刺客か怨霊しかない。
素早く抜刀した後、それが妙な衣装を纏う丸腰の女だと気付き流石に興が殺がれた。
つまらんものを斬ったな、と腹を押さえ蹲る歳若い女を見て思う。
この傷では出血が酷く、死するのも時間の問題。
『クッ‥‥‥殺すには、惜しいがな』
ならば、せめてもの餞に止めくらいは刺してやろうと、振りかざした刀。
‥‥その時、顔を上げた女とふと眼が合う。
気が付けば刀を降ろし、踵を返していた。
二度目の邂逅は、生田。
戦には似合わぬ華奢な身体の女は、刀などではなく呪符を手に知盛を縛した。
斬りつけられた時の、飛び散る飛沫を全身に浴びて。
追い詰められた小動物が歯向かう必死な眼差しが、心地好い。
そして見かけからは想像もつかぬ、力。
それは未知数で、知盛は新しい玩具を見つけた喜びを得た。
血を流し意識は堕ちかけていると言うのに。
隙を突いてこの自分を術で飛ばした女の度胸もまた、気に入った。
あの時真っ先に駆けつけた源氏の神子と八葉が居なければ‥‥。
「ククッ。殺したか、手に入れたか‥‥‥?どちらでも、構わんな」
あの時の行動など、もういい。
「平和過ぎて退屈していたさ。俺を愉しませて、くれよ‥‥?」
荷駄の如く乱雑に肩に担がれたゆきは、何も答えない。
だらり、と垂れ下がった手だけが
知盛の歩調に合わせてゆらゆら揺れていた。
act10.消えかけの物語
20081115
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