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(‥‥戻ろ)
走ってた足を止め、振り返る。
すっかり遠くなった背後に、店が並んでいた。
苦笑せずにはいられない。
一つのことに意識が向けば他が見えなくなる。
ゆきの癖はどうも直らないらしい。
夕方近くになれば、そろそろ閉店する店も出てくる。
今から買い物していたら、きっと遅くなってしまう。
遅くなれば、弁慶達が六条の邸を出るかもしれない。
「何しに来たんだか」
仕方ない。また今度来ればいいか。
あっさりと諦めて、そのまま市に背を向けた。
真っ直ぐ歩けば、直に六条堀川の見慣れた邸に辿り着く。
二歩三歩と進んで‥‥ゆきは足を止めた。
否、止まってしまった。
「‥‥‥っ!!」
背中に突き刺さる「気」に気付いたから。
それは、刺すような銀の光。
違う事無くこちらを見ている刃物のような視線の、鋭さをゆきは知っている。
知っていた、のだ。
「‥‥‥なんで、‥」
克服したはずだったのに。
一度は対峙出来たのに。
時間が経ったからなのか、身に染みてしまった感情は
過去の勇気なんてものを
簡単に塗り替えてしまう。
(逃げなきゃ‥)
なのに、足が竦んでしまって思い通りにならない。
気配はどんどん近づいてくるのに。
逃げるべきだ。
逃げて、この先にいる誰か‥‥‥弁慶や九郎に、助けを求めれば。
それか、いっそこのまま振り返って呪符を翳すべきなのだ。
今のゆきは、生田の時と違う。
体調も良いし、何よりもあの時からずっと成長しているのだから。
負けることなんてないはず。
ガタガタと身体の奥から湧き上がる、震え。
足が地に縫い付けられたかの様に、ほんの少しも動かない。
その間にも気は近づいてきて、足音が耳に入ってくるまでの距離になった。
(‥やだっ!!怖いっ‥‥)
「また会うとは‥‥‥奇遇だな、お嬢さん」
忘れない低い声音。
ゆきの奥底に染み付いた感情は、恐怖。
それを本当の意味で乗り越えるのは、酷く困難で
どんなに強い力を手にしても
どんなに巧みな術を使えても
心が強くなければ、簡単に折れてしまう。
そう自覚した時、
背中に感じるのは‥‥‥熱。
act9.弱さを隠し切れずに
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