(1/3)
梅の花が満開を過ぎ、少しだけ春めいた気がする日のこと。
京は六条。
とある邸の頑丈そうな門を、一人の青年が潜った。
青年の名は佐藤継信。
鎌倉御所の弟でこの邸を預かる源九郎義経を主と仰ぎ、仕える男だった。
鎌倉より帰って来たばかりの彼が目通りを申し出ると、直ぐに主の元へ通される。
「‥‥‥こちらが、鎌倉様からの御親書です」
「大儀だったな、継信」
「いえ。御台所様のご厚情により、父に会う事も叶いました故」
差し出された書状を総大将の九郎に手渡すべく、受け取った軍師弁慶。
奥州藤原氏の武将・佐藤家の長子でありながら、九郎を主と仰ぐ青年の言葉を聞いて手が止まった。
「政子様の?そうですか、政子様もご息災のようですね」
「はい。お健やかであらせられました」
きっちりと背筋を伸ばし答える継信を見ながら、弁慶の脳裏には華やかな女性の姿が浮かぶ。
北条政子
九郎の義姉であり、かつて異国の神・茶吉尼天の依坐だった女。
頼朝の妻であり、彼を守護していた。
‥‥‥春までは。
和議の前にあった確執から、一年。
あれから、政子に会って居ない訳ではない。
二度程、鎌倉の頼朝を訪れているし、一度は政子も同席している。
元々美しさと気高さを併せ持つ女性だった。
けれど、たおやかな外見とは別に毒を孕む、鈴蘭の様に危険な存在でもあった。
それが先日会った時には、すっかり毒気が抜けたとしか感じられなくて。
そう思ったのは、何も彼だけではない。
あの時は九郎や景時も、言葉は違えど同じ様な感想を持っていたから。
「父君は元気でしたか?」
「は‥‥はい。九郎様によくよくお仕えする様に、と何度も申しておりました」
「そうか。佐藤殿には何年も会っていない。今度鎌倉を訪れた時は顔を見せなければな」
「勿体無いお言葉です。父も躍り上がって喜びましょう」
雑談の中にさり気なく、継信に鎌倉の様子を問う。
彼は、九郎や自分を心酔している。
だから、もっと率直に訊ねても良いものを。
そうしないのは、やはり‥‥‥
(あの時の後遺症と呼べばいいんでしょうか)
何処かで、恐れている。
姿形無く消えた禍つ神を、今でも。
act9.弱さを隠し切れずに
前 次