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梅の花が満開を過ぎ、少しだけ春めいた気がする日のこと。


京は六条。
とある邸の頑丈そうな門を、一人の青年が潜った。


青年の名は佐藤継信。
鎌倉御所の弟でこの邸を預かる源九郎義経を主と仰ぎ、仕える男だった。



鎌倉より帰って来たばかりの彼が目通りを申し出ると、直ぐに主の元へ通される。



「‥‥‥こちらが、鎌倉様からの御親書です」

「大儀だったな、継信」

「いえ。御台所様のご厚情により、父に会う事も叶いました故」



差し出された書状を総大将の九郎に手渡すべく、受け取った軍師弁慶。

奥州藤原氏の武将・佐藤家の長子でありながら、九郎を主と仰ぐ青年の言葉を聞いて手が止まった。



「政子様の?そうですか、政子様もご息災のようですね」

「はい。お健やかであらせられました」



きっちりと背筋を伸ばし答える継信を見ながら、弁慶の脳裏には華やかな女性の姿が浮かぶ。




北条政子







九郎の義姉であり、かつて異国の神・茶吉尼天の依坐だった女。

頼朝の妻であり、彼を守護していた。






‥‥‥春までは。








和議の前にあった確執から、一年。

あれから、政子に会って居ない訳ではない。

二度程、鎌倉の頼朝を訪れているし、一度は政子も同席している。




元々美しさと気高さを併せ持つ女性だった。

けれど、たおやかな外見とは別に毒を孕む、鈴蘭の様に危険な存在でもあった。




それが先日会った時には、すっかり毒気が抜けたとしか感じられなくて。

そう思ったのは、何も彼だけではない。
あの時は九郎や景時も、言葉は違えど同じ様な感想を持っていたから。



「父君は元気でしたか?」

「は‥‥はい。九郎様によくよくお仕えする様に、と何度も申しておりました」

「そうか。佐藤殿には何年も会っていない。今度鎌倉を訪れた時は顔を見せなければな」

「勿体無いお言葉です。父も躍り上がって喜びましょう」








雑談の中にさり気なく、継信に鎌倉の様子を問う。

彼は、九郎や自分を心酔している。
だから、もっと率直に訊ねても良いものを。

そうしないのは、やはり‥‥‥




(あの時の後遺症と呼べばいいんでしょうか)



何処かで、恐れている。

姿形無く消えた禍つ神を、今でも。













act9.弱さを隠し切れずに





 


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