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「‥‥‥ほう、夢をね。いつから?」
「平泉に行く前から、かな‥」
外はきっと、もっと寒いんだろう。
けれど今、師弟で向き合って座る一角は快適で、桜の花弁がひらりひらりと舞い落ちる。
糖蜜を匙で舐めれば甘くて、ほっとする味に頬が緩んで。
安心したゆきが「変な夢を見るんです」、と切り出せば郁章が静かに相槌を打った。
ぽつぽつと、促されるまま話をしていく。
「成る程」
今朝の事はどうしても言えないから伏せて。
残りの全てを語り終えた時、郁章は自分の懐に手を入れた。
「師匠?」
「持っていなさい、ゆき」
「え?」
それは、一振りの懐剣
小太刀にも満たぬ長さの、正に懐に忍ばせる大きさの刃。
以前、ヒノエと敦盛から譲り受け、茶吉尼天と共に消失した刀とは、また違う波動を感じる。
なんと言えばいいか分からない。
けれど‥‥‥‥‥‥強い波動を。
「‥‥‥師匠、これは?」
「君のものだよ。持っていなさい」
確か、夢の話をしていた筈。
なのに、聞き終えた郁章が出したのは、古い剣。
「私のもの?」
訝しく思いながら師の言葉通りに手を伸ばす。
柄に、触れた瞬間。
「‥‥‥っ」
びりっと指先に走った電流に、触れたままのゆきは短く息を呑んだ。
突然の衝撃に言葉が出ない。
胸も、大きく跳ねた。
何故だか妙な動悸が治まらない。
顔を上げれば、普段の調子良さは何処に行ったのか。
何時に無く真摯な眼が、ゆきを見ていた。
「‥‥‥聞きなさい。君の行く末に宿縁の業が見える」
‥‥ふと気付く。
今日の花見の席はきっと、郁章の気遣いだと。
「自分の手で断ち切らないといけない縁が、これから訪れてくるよ」
「‥‥‥‥聞くだけで嫌になるんだけど」
「ふふっ。こんな時には正直な弟子だね」
殊勝さなど微塵も無いゆきの返事に、郁章は小さく笑う。
恐らく彼は知っていたのだろう。
ゆきの気が弱くなっていると。
「覚えておきなさい。君の望む幸せを引き寄せられるのは、君自身だ」
「‥‥‥はい」
意味も無く泣きたくなった。
声が震えてしまわないよう気をつけながら、ゆきは眼を閉じた。
零れ落ちそうになった涙を、唇を噛んで堪える。
その言葉の意味を、本当に理解したのは
全てが終わった時だった
act8.夢の進む道
20081105
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