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「寒くない?」
「‥‥いや。私は怨霊だから」
「そっか」
ゆきが落とした独り言に似た言葉に、律儀に返すのは敦盛。
ゆきに特に用事がある訳ではない。
こんな風に雪が舞う、一種閉塞された空間。
だから、何となく不安になって。
暇だ、と大量に着込んで鎧戸を開けた室内に立っていた。
通りかかった敦盛を話し相手に確保して、二人並んで外を見ている。
「ね、敦盛くんは不思議な夢を見る?」
「‥‥‥いや」
元々、あまり夢を見ない。
更に言えば敦盛は怨霊。
生者とは違い、生命を維持する為の眠りなど必要ないのだから。
そう説明しようと思い、止めた。
ゆきは知っていてそれでも問いかけて来たに違いないから。
彼女自身の、何かを話したくて。
「ゆきは、不思議な夢を見るのだろうか?」
「‥‥‥‥うん」
「そうか。夢で吉凶を占う方法もあると聞くが」
「‥‥‥うん。師匠が得意なんだよ。あの人も器用だから」
「ゆきも占ってみてはどうだろうか?」
心配して提案すれば、何故かゆきの眼が揺れた。
「‥‥出来ないんだ。何だか怖くて」
「弁慶殿には‥?」
「うん。それも言えないよ」
普段は元気有り余る彼女が、今は小さく見えた。
幼さが若干残る顔立ちとは言え、身体は女性。
柔らかく丸みのある肩の線。
俯いた横顔を隠すさらさらとした栗色の髪に、気付けば手を伸ばそうとしていて、はっと我に返った。
この熱く不可解な衝動が一体何なのか。
ゆきの葛藤と共に、敦盛は暫く悩むことになる。
高館を訪れた泰衡は、雪除けの外套を脱ぐ。
横から銀髪の青年の手が伸び外套を受け取り、雪が溶ける前にさっと払った。
それから真っ直ぐに九郎達が集う室に向かう。
「失礼する」
入り口で雪の白さと正反対な漆黒の髪が、艶やかに揺れる。
黙っていれば美形なのに、と望美がしみじみ思ったのは、午後のことだった。
「明日出立だと聞いたが、この吹雪は暫し続くだろう」
「ああ。俺達も今、その事について話をしていたんだ」
「泰衡殿、この吹雪は何時まで続くでしょうか?」
想定済みだが確認の為一応問いかけてきた弁慶。
「明日の午後には止むだろう」
「そうですか。では明後日に出立ですね、九郎」
「だね〜。京での政務も溜まってるだろうし、暫くは六条に籠もるかな〜」
景時の一言に、九郎は難しい表情で黙り込んだ。
それが何だか可笑しくて、望美やヒノエが吹き出す。
いつもの彼らの、微笑ましい光景だと、にこやかな気分になった銀は、ふと「彼女」の不在に気付いた。
望美に問おうとして口を開こうとする。
その瞬間、
「と、とうとう来たね泰衡さん!!」
「‥‥‥‥」
泰衡の背後に控える銀の、更に背後から声がする。
元は武士で、今は郎党で、人の気配に敏感な銀。
なのに‥‥‥気配一つ感じることが出来なかった。
少しして、彼女が隠形の呪を用いたと知る。
が、この時は背後を取られたことに酷く驚いた。
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