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平泉の空は青くて


大地は真っ白で、冷たくて




冷えた指先に息を吹きかければ


あなたはぎゅっと包み込んで暖めてくれる










思えば、とても幸せな時間だった















act7.我儘でもいいから










きらきら、白い地面が輝く。

よく見ればそれは地面ではなくて、地表近くで舞う光だったりするけれど。











珍しく早起きした望美は、寒さに身を縮めながら鎧戸を引く。
縁に出てみたが、羽織を二枚重ね着しても、まだ寒い。



「譲くん、おはよう!寒いね」

「‥‥ええっ!?春日先輩!」

「ちょっと、何で驚くのかな?そんなに早起きするのが珍しい?」

「い、いえ‥‥まぁ」



一足先にそこに立っていた後輩も、自分と同じ理由で起きたのだろうか。



「やっぱり吹雪いてるね」

「はい。俺も心配して見に来たんですが‥‥」



暫く帰れそうにありませんね。


なんて溜め息を吐く譲に小さく笑って、望美は再び外を見た。
強く冷たい風が吹き鳴らす音は甲高くて、何だか不安にさせられる。








‥‥‥不安に、なる。











「‥‥‥終わったと、思ったのにね」

「え?何か言いましたか?」

「ううん。何も言ってないよ。それより何日くらい延びるのかな?」

「そうですね。銀さんに聞いてみなければ分かりませんが‥‥‥二日位は足止めされそうな吹雪ですね」

「二日かぁ‥‥」







外は吹雪。

きっと散歩に出れば視界が真っ白で、一歩も進めないだろう。



今の自分の心境みたいに。

足掻いてはみたけれど、意味が無い事だと分かっていた。
それでも、悪足掻きと知りつつ動かざるを得なかった自分。

結果はやはり、惨敗だったけど。



そんな意図すらどうやら、あのすこぶる頭の良い彼には気付かれてしまったらしい。







(‥‥でもね、あなたは知らない)





運命は、複雑に絡み合う糸玉のようだと。


それを自分は、知っている。









「‥‥‥えええっ!?何でそれを言ってくれないのっ!?」



高館中に叫び声が響いたのは、その日の朝餉時。


「ゆき、食事中に立ち上がるのは行儀が悪いわ」

「はーい」



義姉の朔が嗜める一言にきちんと座り直し、驚く発言をした主に眼を向ける。

彼は箸を一旦置き、苦笑しながら頭を掻いた。



「泰衡さんが陰陽道もやってるってさ。今すぐでも勝負できるのに」

「あはは〜、オレもすっかり忘れてたんだよ〜」

「‥‥‥初めから知っていたら、剣の修行とかせずに済んだのにな〜」

「いや、だから〜‥‥ごめんね」



頬を膨らますゆきには、景時は弱い。

あっさり両手を挙げて降参の意思を示した。



「お前の場合はあれで良かったのではないか?普段から身体を動かさないからな」

「うっ」

「確かに九郎の言葉にも一理ある。体力を付けなければならないだろう」

「‥‥はい、先生」

「京に帰る体力が付いたと思えばいいだろ、元宮」

「有川くんまでっ‥‥ま、そうなんだけどさあ」



ぐっと、拳を握りながら腕を曲げてみる。

けれどちっとも堅くならなくて、筋肉の存在すら疑わしい。
確かに、鍛えなければ京への復路すら怪しいかも知れなかったから、結果的には良かったのかもしれないけれど。


「二週間位じゃ鍛えてもどうにもなんないけどな‥‥」


しょんぼりと俯くゆきの肩が、ポンと叩かれる。
隣に座るヒノエがニヤリと笑った。


「オレ的には、か弱い姫君もいいけどね」

「か弱い?」

「お前が倒れたら、抱いて運んでやるよ‥‥‥但し、そのまま熊野まで攫っちまうぜ?」



煌く眼で、笑いかけてくる。

‥‥‥一瞬。

紅がきらりと輝いて、ゆきはドキっとした。



「えっ!?熊野まで行かなくても、京でいいんだけど」



さっぱり分かってない返答。
当のヒノエはおろか、会話を聞いていた者達が、吹き出した。




笑い声の中、ゆきは反対隣をちらっと盗み見る。
綺麗な箸使いをする彼は、視線に気付いてゆきを見てくれた。



「‥‥僕の顔に何か付いていますか?」

「え?う、ううん。なんでもないです。ただ‥‥‥」

「ただ?」

「‥‥なんでもないです」

「そうですか。ご馳走様です、譲くん、朔殿」

「あ、はい」



綺麗な仕草で箸を置き立ち上がれば、悲しそうに見上げるゆきと視線が合う。

けれど、ふい、と逸らして室を後にした。







こうすれば、可愛い恋人は必ず追いかけてくるから。


 
 


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