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「よく参られた、御曹司。ご一行方もごゆるりとなされよ」
「こんにちは、秀衡さん」
「おお、そなたが和議を取り持ったと言う白龍の神子か!噂の限りでは勇ましい女傑じゃと思うておったが、なんといたいけな女子じゃて」
「ははっ。望美、女傑だってよ。当たってるじゃねぇか」
「将臣くんっ!!」
平泉を治める藤原秀衡という人物は、実におおらかで心優しい人物だった。
まずは九郎が、仲間の体調不良などで、皆できちんと挨拶に伺えなかったことの非礼を詫びようとすると、
「その様な小さき事など良いのだ、御曹司。事情は銀に聞いておる」
と、豪快に笑い遮っている。
見た目の強面に若干引き気味のゆきが、呆気に取られている。
隣に座る弁慶がぷっと吹き出した。
「御館は昔からあんなお人柄なんですよ。ほら、あの九郎が素を出しているでしょう?」
「‥‥‥本当だ」
良く見れば確かに、あの堅物の九郎が屈託ない笑顔を見せている。
微笑ましいな、なんて思いながら弁慶にちらりと眼を向けた。
「時に弁慶殿、そなたの隣に座る女子は誰ぞ?」
「ああ、彼女はゆきさんです。先だって梶原家の養女になりました」
「もっ‥‥‥元宮、じゃなかった、梶原ゆきです。よろしくお願いいたします!!」
「ほう、源氏の軍奉行殿の義妹御であられたか。よい娘じゃな」
秀衡がにこにこと頷くから、何だか胸のうちが熱くなる。
「ありがとうございます」と、景時と朔が嬉しそうに頭を下げるのに合わせながら、ゆきは涙を堪えた。
最近どうも涙腺が弱い気がする。
「御館の仰る通り、彼女はとても楽しくて強いお嬢さんですよ」
「ああ。一応は陰陽師だ」
「ちょ、一応って何なの九郎さん!」
「あはは。ゆきちゃんは一応じゃなくて、一流の陰陽師だよ九郎〜」
「景時さんってやっぱりいい人だ‥‥」
「‥‥‥いい人か‥‥あははは、うん。いい人でよかったよ〜俺」
「兄上、笑いながら泣かないで下さい」
「みっともないですよ景時」
「ううっ、朔も弁慶も酷い‥」
絶妙なのか何なのか。
家族のような彼らのテンポ良い会話に、やはり秀衡はにこにこしたまま。
とんでもない事を仰ってくれた。
「うむ。白龍の神子と、梶原の姫君で黒龍の神子。それに陰陽師の娘か。
‥‥‥まこと、泰衡を支え共に平泉を護ってゆくのに相応しい女子ばかりじゃな」
びしり。
先程よりも大きな音を立ててその場が凍る。
泰衡を良く知る九郎は難しい顔をして、リズヴァーンや敦盛や白龍辺りは触らぬ神に何とやらと沈黙を決め込んで。
遠いけれど縁戚に当たるヒノエは「へぇ‥‥」と面白そうに(主にゆきを)眺めて、景時は「いい人」のショックからまだ抜けられず。
当の朔は華麗に無視を決め込み、時空を超えた先の泰衡を知る望美は心底嫌そうな顔をして。
「何を嫁取りの事考えてるんだこのボケジジィ」と言わんばかりに有川兄弟の眉間が深くなる。
一瞬の緊張に気付かぬ秀衡ではなく、慌てて取り消そうと口を開きかけた。
が、それよりも早く。
「ええっ!?平泉を護るって‥‥‥平泉、誰かに襲われてるんですかっ!?」
ずれまくった発言に違う意味でその場が凍った。
声の方を見れば、何を考えているのか分からぬ笑顔の軍師の袖を、引っ張るゆきが何だか必死そうだ。
「べべ、弁慶さん。私そんなの初耳なんですけどどうしよう!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥ええ、僕も初耳です」
「だ、誰かに襲われてるのにのんびりお茶してていいんですか御館さん!?今すぐ出陣んがっ」
弾かれた様に立ち上がろうとしたゆきの口を、背後から華麗に塞ぎながら引き、倒れた彼女の身体を抱えて座りなおす弁慶。
その流れるような一瞬の行動に眼を丸くした一同に、天使のような笑顔。
「ほら、彼女が勘違いしてしまう発言は控えてくださいね、御館」
「うっ‥‥む、すまぬっ」
秀衡が弁慶の眼差しをまともに浴びて、口を詰らせる。
‥‥‥銀ですら、割り込む余地がなかった。
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