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平泉の雪は深くて。
踏み固められていない新雪に足を踏み入れると、膝下がすぽっと嵌まってしまう位。
深くて寒くて‥‥‥白い清さの、冬。
「御館が皆様を、是非ご招待申し上げたいと仰せです。どうぞ伽羅御所へ」
と、平泉の御曹司に仕える郎党が、眩い笑顔で一行を誘ってくれたのは今朝のこと。
ついでにとある少女の手の甲を取り唇を押し付けて。
一部で空気が凍りつかせてから数刻。
現在、伽羅御所への雪道歩行真っ最中です。
「ふぅっ、あと一息だね朔!」
「ええ、そうね。それはそうと望美。貴女にいつも言っているけれど、そんなに短い裾で足が冷えないのかしら?」
「あはは、何を今さら言ってるの、朔ってば。平気だよ」
「あ、俺も去年からずっと思っていたんですが、足を出していたら冷えますよ、春日先輩」
「お!譲〜、お前って去年から望美の足ばっかり見てたのか?」
「っ!!何を言うんだ兄さん!!」
「へぇ‥‥‥姫君にふしだらな視線を向けるなんてね。見下げ果てた野郎だぜ譲のやつ」
「‥‥‥ヒノエ。何やら譲が、無言で『お前だけは言うな』との視線を投げ掛けているのだが」
「先生、突然お呼び出しをしてすみません。何かご用事だと聞いていたにもかかわらず」
「気にすることはない、九郎。急ぎの用ではないので、お前の選択に従ったまでのこと」
「‥‥先生‥‥!ありがとうございます!」
「ねぇ弁慶、九郎が震えて立ち止まっているけど、いいの?」
「良いんですよ白龍、放っておいても害はないでしょう」
「いやいや、九郎さん放って置いちゃダメだよ弁慶さん!」
「え?何か言いましたか、ゆき?」
「‥‥」
(ひえぇぇ!!何か怒ってる!弁慶さんが怒ってる!!)
act6.意味なんて無くてもいい
ぎゅっと眼を瞑り首を縮こまらせるゆきに、弁慶は困ったように笑った。
「‥‥‥何を怖がっているんですか?そんな眼で見られては、幾ら僕でも傷付くんですよ」
「ご、ごめんなさい!!怖がってるとかそうじゃなくてなんと言うかあのっ!!」
大方、また何か怒らせたとか考えているのだろう。
そんなゆきが何だか小動物のようで、可愛いと思ってしまう。
だから今回もつい、やってしまった。
少しだけ反省し、宥めようとしたが。
‥‥‥その前に、ゆきを放っておけない者が手を出す。
「ああ、ゆきさん。そんなに怯えられて‥‥‥お可哀相に」
「えええっ!重ひ‥‥銀さん!?違っ」
「お寒くはありませんか?お疲れでは?」
「い、いやあのっ!大丈夫ですから!!」
背後から近づきゆきの肩を抱き、今にもそのまま抱きかかえそうな重衡もとい銀。
それまでちらちらと後ろの様子を伺っていた一行は、弁慶の眉間に皺が寄るのを確認した。
直ぐに、火の粉が飛ばないように歩き出すのは懸命な判断だろう。
‥‥‥耳はダンボ状態だが。
「本当は寒いでしょう、ゆき。君は寒さに弱いんですから」
銀髪の男からゆきを奪い、素早く外套に包んだ。
ほぅっと息を吐いて、肩の力を抜くゆきを感じれば、自然と口元が緩んでしまう。
「申し訳ありません、ゆきさん。貴女が冬が苦手なのは、私も良く存じております。」
「え、っと‥」
「ああ、良くご存知ですね。そう言えば記憶を失う前の重衡殿はゆきと知り合いでしたね。今となってはどうでもいい事なのですっかり忘れていましたが」
今でも良く知っていると思うな、と副音声が聞こえる気が(一行には)した。
「ええ。ゆきさんとは個人的に随分と親しくさせて頂きましたので。あの頃は立場が違うので密かにお会いしたこともございましたね、ゆきさん?」
懐かしい記憶です、と眼を細める銀と、
「そうですか。彼女は優しい人ですから、困っている人をそのままに出来ないんです。話し相手になろうと思ったんでしょうね」
博愛精神ですね、と眼を細める弁慶。
彼らの間に挟まるように、頭一つ分(もしくは二つ分)小さいゆきが助けを求めてこちらを向いた。
‥‥が、約十名は眼を逸らしてしまった。
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