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「九郎殿、弁慶殿、お帰りなさい」
「随分遅かったんですね」
「ああ。御館と昔話が弾んでな」
「積もる話に夢中になったものですから」
もうそろそろ茜射すころ。
高館に帰還した九郎と弁慶は、出迎えてくれた朔と譲に答えた。
奥州は源氏の二人に縁深い地。
元は平家だった景時に出会う前に、この地で一時を過ごしたのだから。
奥州を治める秀衡には、言葉に尽くせないほどの恩義と敬愛を持っている。
人情家で豪快な気質の彼に数年ぶりに会えば
「立派になられたな‥‥‥御曹司」
と男泣きされて、文字通り昔話に花が咲き‥‥つい時間を忘れてしまったのだ。
常に冷静な軍師の面を一時退けたほどに、楽しいひと時ではあった。
「‥‥そう言えば朔殿、ゆきは昼寝しているのですか?」
「ヒノエ殿と庭に出たまま帰ってこないの。まだ本調子ではないのに」
「俺が探しに行って、丁度今帰ってきたんです。そうしたら春日先輩と会って、今は元宮と落ち葉拾いで楽しんでるからもう少ししたら帰ると伝えてくれと言っていました」
「落ち葉‥‥‥ですか?望美さんとゆきが?」
弁慶の指が彼自身の顎に充てられる。
それが深い思考に入る時の彼の癖だと、もし景時が居たら気付いていただろう。
けれど今、彼は洗濯物を取り込みに出ている。
「先輩がもうすぐ帰ると約束したんですから、俺は何も言えませんから」
「しかし、これから冷えるぞ。もしまた倒れては、望美一人では運べないだろう」
「そうね、心配だわ。迎えに行った方がいいわね」
「‥‥元宮には会ってないからどんな様子か分からないけど、確かに迎えに行った方がいいかも知れませんね」
二人とも夢中になるタイプですから。
そう続ける譲の言葉を、弁慶はもう聞いていなかった。
「僕が迎えに行ってきます。譲くん、庭でいいんですね?」
「いえ、先輩と会ったのは庭の先の‥‥樺が群生しているところでした」
「ありがとう」
身を翻す弁慶は普段と同じ様に穏やかで‥
何処となく違って見えた。
ゆきと銀‥‥重衡を残して立ち去ってから、望美は時間を稼ぐ為に一人、幹に凭れていた。
(そういや譲くん、これは樺という木だとか言っていたっけ)
さっき探しに来た後輩の言葉を思い出すも、酷く気が重かった。
「‥‥‥ごめんなさい」
この言葉は誰に向けたものか。
「‥‥‥ごめんね」
京を、この世界の最高位の神、龍神。
彼の神子は今、空を見上げて‥‥‥未来へ思いを馳せた。
act4.気付かないフリ
20080828
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