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「おはよう。体調はもういいのかい?」

「はいこのとーり!!」

「もう、ゆきったら」



厨の入り口で、ぐっと腕に力こぶを披露しようとするゆきに、景時と朔は笑った。

高館の厨は京邸のそれより幾分広い。
その所為か、それとも北国の所為か。
土間であるそこは、火を熾さなければ随分と冷え込む。

芋の皮を器用に剥いていく兄妹とは対照的に、眉根を寄せているのは譲だった。



「ここは冷えるから元宮は部屋に戻っていろよ。またぶり返されては敵わないからな」

「え〜?手伝おうと思ったのに」



本気でそう言っていたのだろう。
邪魔にならぬよう、袖はたくし上げられ紐で括っている姿がやる気を物語る。

出来る事なら、罪悪感からの申し出を叶えたいと思ったのは、何も譲だけではない。



「あはは、ありがたいんだけどね〜‥‥」

「また無理をして倒れられては困るもの」

「そうそう。寂しいのならオレが埋めてあげるよ、姫君?」



景時、朔と続いて聞こえた声は、ゆきの背後から。
振り返れば紅炎を思わせる少年がゆきの手を取り、恭しく唇で触れる。



「‥‥‥ヒノエ?」

「ふふっ、ご機嫌如何かな。あまりオレを心配させないでくれるかい?」



率直なヒノエの言葉にゆきはうっと詰まる。
視線をくぐらせば、朔が同調するかのように頷いていた。


「‥‥ごめんなさい」



謝罪は彼だけでなく、景時達にも届くように。



「良く出来たね。おいで、姫君」

「へ?」

「朔ちゃん、ゆきを庭に案内するよ」

「ええ。でもあまり無理はさせないで」

「もちろん」



どこ行くの?と聞こうとしたけど、手を取ったままのヒノエが先に行き先を告げていたから。

ゆきは大人しく着いて行くことにした。




 









「うわあ、綺麗!!」

「ああ、姫君の笑顔の前だと色褪せるけどね」



そう言って片目を瞑るヒノエにゆきは吹き出した。



平泉には冬の息吹が訪れ始めている。

紅葉は深く色付き、ひらひらと地面に舞い落ちる。

自然の豊かな地。
高館と呼ばれる、今は客人を迎える為の邸となった建物の庭も例外ではない。

地面に積み重なった葉を踏めば、かさりと音を立てる。
葉が土に還り、再び養分となって新たに植物を育て、恵みを与えていく。


そして長い時間をかけて生み出された落葉は、ゆきに感動を与えた。



「ほんと、綺麗で強い気を感じるね‥‥‥ね、ヒノエはこれを見せるためにわざわざ連れて来てくれたの?」



頭上の立派な木を見上げたまま問うて来る。


このまま是と頷けば、ゆきはどう反応するだろうか。
頬を染めるだろうか。
‥‥‥いや、そんなことが出来るのは、ただ一人だけだ。



「お前の花の笑顔の為なら頷きたいところだけどね。ゆきを連れて来るよう頼まれたってところ」

「私を?‥‥誰だろ?ヒノエを動かせるなんて、よっぽど怖い人なんだね」



ヒノエを脅す‥‥。
ゆきの脳裏を過ぎったのは、恋人の姿。
自分で言った事にぷっと吹き出し、一人でくすくすと笑い始めた。

あながち間違っていないだけに真実味が増すから、想像すると可笑しくて。



「‥‥あのさ、ゆき」



嘆息したヒノエが訂正しようとした時、

遠くから重なる声は二人の名を呼ぶものだった。



「ゆきちゃん!ヒノエくん!お待たせ!!」

「あれ、望美ちゃん?」



高館の庭はそのまま森林に繋がっている。
その先には川があり、里野に続く事をヒノエは確かめているが、まだゆきは知らない。
丁度その方向から紫苑色の髪を揺らして走ってくるのは、一人の少女。











茶吉尼天を倒し、和議が成立した後。

仕える神に「五行の気が満ちた」と告げられても、

未だ生まれた世界に戻る気配のない少女が。


 


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