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ゆき




‥‥‥誰?



‥‥‥忘れないで




ね、誰なの?




間違えないで


ゆきの居場所は






‥‥‥    じゃない









act4.気付かないフリ












目覚めた時、最初に映るのはいつも。

いつもいつも、あなたであって欲しい‥‥。






ぼんやりと浮上した意識が、綺麗なものを捕らえる。
そんな感じで目覚めた瞬間にゆきの眼が映したのは、微笑だった。



「気分はどうですか?」

「‥‥‥きぶん‥‥?」



そう言われれば喉が痛い。
頭もがんがんする。
起き上がろうとしたけれど、身体が重くて叶わなかった。



「無理しないで下さい。やっと熱が下がったのですから」

「ねつ‥?」

「覚えてないのも無理はないでしょうね。君は平泉に入ってすぐに倒れたんですよ」



(‥‥‥あ、そうだった)



京から平泉へ。
戦時の行軍とは違い比較的ゆっくりとした道程。
時には野宿もあったが、宿を取れる時は屋根の下で眠る。

それでもやはり体力の乏しいゆきの身体には、疲労が溜まっていたのだろう。

平泉、藤原家の用意してくれた高館に着いた途端に高熱で倒れたのだから。



「どうやら思い出したようですね‥‥‥本当に君は」

「ご、ごめんなさい」



小言が続く事を予感したのか、痛む喉から無理やり謝罪を紡げば、引きつれた声。

まだ熱が下がりきっていない事を示す、潤んだ眼が見上げてくるから、弁慶はやれやれと肩を落とした。

身体を支え起こしてやって、用意しておいた椀を渡す。
ゆきが素直に受け取りゆっくりと飲むのは、薬湯でなく水。



「‥‥‥仕方ありませんね。僕にも責任がありますから」



そう、弁慶は勿論知っていた。
ゆきが無理をしていると。
彼女は必死に隠していたが、嘘の下手な少女の姿はある意味滑稽な位。

気付いていたのも、何も弁慶だけではない。

あまりにも疲れた様子の時は流石に休息を多めに取ったり、薬湯を勧めたりしていた。
けれど、朔もヒノエも景時も‥‥自分を含め、彼女自身に告げなかった理由ならただ一つ。



「‥‥ばれてたんだ‥」



ばつが悪そうにゆきが顔を顰める。
弁慶はくすくす笑いながら、まだ少し熱い頬を撫でた。
ひんやりした指先が心地好いのか、ゆきがうっとりと眼を閉じる。



「ええ。普通に考えてください、ゆき。君の様子に意識を向けない筈はないでしょう?僕を誰だと思っているんですか」

「あ、そっか。薬師だった」

「‥‥‥そうですが、そうではありませんよ」

「?」



謎掛けの意味が分からないゆきが、不思議そうに首を傾げる。

肩に回したままの腕に力を入れて引き寄せる。


即座に重ねる、唇。



「‥‥‥薬師の前に、君に懸想する一人の男だからですよ‥‥ゆき」



耳元でそっと囁かれて、熟れた果実のように赤くなった。
それに満足して更に抱き締める。



「ですから、謝罪するのは僕です。君の無理を知っていながら止めなかったのですから」



‥‥きっと止めなかったのは、ゆきの自尊心を守るためだろう。
平泉行きを言いだしたのは他でもない自分。
だから、最後まで頑張って旅をしたかったのだと。

本当は無理やりでも止められたのに。



「ありがとう」



嬉しくて、今度は自分からキスをした。
音を立てて唇を離せば、弁慶が少し驚いて‥‥微笑う。



「‥‥もう一度、ゆき」

「うんっ‥‥」



浅く途切れがちになってゆく呼吸の中で


夢の声は遠退いてゆく。



「僕は九郎と御館に挨拶を済ませてきますから、君は大人しくしていてくださいね」



なんて言葉も、夢うつつに甘く感じた。










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