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敦盛と平家に遊びに出かけて一月近く経つ。
突然の「平泉行き」をお願いしたゆき達に他の面々が驚いてから、ひと月近く。
京を離れることで、鎌倉側にあらぬ嫌疑を掛けたくない。
そういって強固に反対する九郎や景時。
彼らを説得したのは、他ならぬ弁慶と、久々に再会したヒノエだった。
『和議が成立したとは言え、いつ争いが起きるとも限りません。平泉が平家に味方する可能性もある。後顧の憂いは絶った方がいいでしょう』
『なっ!?弁慶!!お前は御館のお人柄を知っているはずだ!!御館は』
『ですからそうならぬ為に九郎、君と御館の絆を深めると、鎌倉殿に報告すればいいのでは』
『‥‥‥お前は、兄上がそれを額面通りに聞き入れて下さると思うのか?』
『さぁ。鎌倉殿がどう取られるかはともかく、将臣くん達平家も同時に平泉入りしますからね』
『平家の動向を探るって言えば、頼朝も何も言えないんじゃないの?オレも久々だからね、親父の代わりに御館に挨拶するかな』
あーだこーだと言いながらも誰一人として、ゆきと敦盛だけを平泉に遣ればいいと言わなかった。
ゆきにはそれが何よりも嬉しかったとは、一体誰が気付いただろう。
「でも、ヒノエって平泉にも縁があるんだね!‥‥考えてみれば九郎さんといい弁慶さんや景時さんといい、皆、立派な身分だもんね‥‥‥」
「ゆき?」
「身分が‥‥‥かな」
呟きが聞こえなくて‥‥‥。
俯いたゆきに視線を向ける。
さらさらした髪が風に乱れて、後に靡いた。
女の髪が風に揺れる瞬間をいつも綺麗だ思うヒノエはふと微笑む。
(‥‥‥ん?)
次の瞬間眉根を寄せた。
「ゆき。もしかして昨日の夜、あいつの部屋で過ごしたのかい?」
「え‥‥っ!!な、何でそれを!?」
「ああ‥‥‥なるほど」
ヒノエは溜め息を吐く。
言い当てられて真っ赤になったゆき。
けれども何故、ヒノエに弁慶と一緒に居たことが分かったのか、全然思い当たらないらしい。
と言うことは、ゆきは気付いていないのだ。
ヒノエの視線が何を捕らえているのか、自覚など全くないのだろう。
「ま、九郎のことはそっとしといてやればいいんじゃない?」
「へ?何でいきなり九郎さんの話に戻るの!?」
‥‥弁慶は恐らく、稽古時に九郎に見つかるのも知っての上。
そして急変した九郎の態度にゆきが傷付く事も。
そう言えば朝食の後に、嬉々としてゆきを慰めている弁慶を見かけた。
(‥‥‥複雑だろうな、九郎)
ヒノエにとっては珍しく、男に同情してしまった。
首筋に紅い痕。
それが何を意味するか、さすがの九郎も知っていたようだから。
「それはともかく、妬けるね」
「へ?」
「‥‥‥お前に触れられるあいつに、さ」
声を低めて囁きながら、ヒノエのすらりとした指はゆきの首筋をなぞる。
ぴく、と震えてゆきはぎゅっと眼を瞑り‥‥‥‥少しして顔をがばっと上げた。
ヒノエが触れた所を片手で覆う。
そして羞恥に潤む瞳で見つめてきた。
「ヒノエ、ま、まさか‥‥‥つつ、付いてる?」
何が、なんて聞く必要もなかった。
ヒノエがふっ、と笑う。
すると雰囲気が艶やかになった。
‥‥それが肯定の意味だと気付いて、ゆきは更に赤くなった。
「‥‥‥べっ、弁慶さんのバカあっ!!」
半分泣きながらゆきは、叫ぶ。
けれどもここには文句をぶつけたい当の彼は居ないのが悔しかった。
「弁慶さんのバカ」
「ふふっ、すみません」
夕食前、自室で読書に耽っていた弁慶の元に乗り込んだ。
眼が合った瞬間、優しく緩ませてくる。
‥‥そんな彼を見るとついドキドキしてしまう、この胸を押さえた。
ゆきは覚えのないキスマークの苦情をぶつぶつ漏らしながら、背中合わせに腰掛ける。
こうすれば顔を見なくて済むから。
真っ赤な顔を見せずに、文句が言えるから。
背中に感じる体温が愛しい。
「すっごく恥ずかしかったんだから」
「ヒノエの前でも恥ずかしがったんですか?」
「そ、そうですよ!ヒノエに言われてびっくりしたんだもん!」
「‥‥‥‥そうですか」
呟きと共に振り向いた気配を感じて‥‥‥引き寄せられた。
「君は罪な人だな。僕以外の人にそんな可愛らしい姿を見せてはいけないでしょう?」
「え?なに‥‥あっ」
弁慶はゆきの言葉を聞く前に、その唇を朝と同じように奪った。
思えばこの時には既に、危機感を抱いていたのかもしれない。
「弁慶さん、私‥‥‥」
「君の頬を染めるのは僕だけでありたい‥‥‥なんて独占欲の強い男は嫌いですか?」
「‥‥‥‥で、す」
「おかしいな。君の声が聞こえませんね」
口接けと共に押し倒されたゆきは、赤くなりながらもまっすぐ弁慶を見つめる。
どんなに恥ずかしくても、照れてしまっても。
彼への想いだけはまっすぐに伝えたいから。
「好きです。どんな弁慶さんでもいい。あなたが好き」
「‥‥‥ゆき」
ゆきの告白に思わず、言葉に詰まってしまった。
飾らない言葉に、互いに想いを秘めていた時間が蘇る。
彼女を手に入れることは諦めていた自分。
散々振り回したせめてもの詫びと、伝えられない言葉の代わりに‥‥‥彼女の命を守ろうとしていた日を。
そして当のゆきが、自分の命と引き換えに
京と弁慶を救おうと命を絶った、あの時の想いを。
あらゆる言葉を重ねても言い足りない気がした。
「‥‥‥‥愛しています、ゆき」
これ以上の言葉には意味がない。
だから代わりに唇で、指先で、抱擁で伝えることにした。
腕の中に閉じ込めたゆきが心地よくなるように。
愛しさが快楽の扉を、開いてくれるように‥‥‥。
「そろそろ邪魔が入る頃でしょうけど」
「‥‥え?‥‥う、んんっ‥‥」
恐らく、夕食時になっても現れない二人を呼びに来るのは、譲か景時。
ならば来るまでこうしていよう。
などと思う自分はやはり、相当独占欲が強いらしい。
「ひゃぁっ‥‥」
ゆきの控えめな声と、素肌の滑らかさ。
‥‥‥暫く浸る事にした。
平泉に旅立つ前日はこうして、二人きりを満喫していた。
act3.ずっと一緒と信じたい
20080806
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