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「おはようございます!すみません!」

「遅いぞ。いつまで寝過ごす気だ」

「ご、ごめんなさい!」

「全く、お前は精神をもっと鍛えなければならないな」



自室に走り慌てて着替えてから庭に飛び出した。

既に九郎とリズヴァーンは自分たちの稽古を終えているらしく、布で額を拭いている。

寝坊するのは初めてじゃない。
だから九郎もリズヴァーンも気にも止めずにいつもの様に返してくる。

小言の続く九郎を一旦置いといて、ゆきはリズヴァーンに向き直る。
ごめんなさい、と眼で訴えれば、覆面の上の眼が和らいだ。



「‥‥‥あれ、望美ちゃんは?」

「お前と同じだ」



憮然とした一言。
うわぁっと首を竦めてしまう。

その瞬間に髪が揺れた。

ふわりとした栗色の動きに眼を奪われた九郎は、次の瞬間固まった。
突然眼を見張ったから、ゆきはきょとんとして
首を傾げる。



「九郎さん?どうかした?」

「お前‥‥」



何ともいえない硬い表情で一点を見つめたまま。
突然、本当に変だ。



(病気‥?)



ゆきを見ているのに視線が合わない。
いったい何処を見てるんだろう?



「‥‥‥いや、いい。何でもない」

「へ?でも何か変だよ」

「すみません、先生。今朝のこいつの稽古をお願いしていいですか?」

「ああ。構わない」



師が静かに頷くのを黙認すると、九郎はゆきに背を向けて邸に入っていった。

‥‥‥おかしい。

いつもならこんな時は絶対に一声くれるはずなのに。
歯痒いほど律儀な人だから、『すまない。用が出来てしまった』と、必ず眼を合わせて言ってくれるのに。



「九郎さん、拾い食いでもしたのかな?」

「‥‥‥‥」



取りあえずすべき事は剣の稽古。
今日の師はいつも指南してくれる九郎とは違う、もっと強い人だから緊張してきた。



「‥‥えーと、お願いします」

「では、構えなさい」



ぐっ、と柄を握り締めるとゆきの足は地を蹴った。
















朝稽古を始めたのは和議が締結されてすぐだった。
あれから半年あまり。


一向に上達しないゆきは頭を抱えている。


手のひらに出来た【まめ】は潰れてまた出来てを繰り返して、随分と堅くなった。

決して無駄じゃない。上達している。


それは九郎やリズヴァーン、そして望美も太鼓判を押してくれている。

けれど、元々丈夫ではない身体と鈍い運動神経は、剣の才能に乏しい事を如実に語っていた。

毎日、落ち込んでしまうのは仕方ないこと。





もっとも、今日の頭痛はそれだけではないけれど。



「う〜‥‥‥」

「やぁ姫君。そんなところで可愛い声で唸って、どうしたんだい?」

「なんだ、ヒノエか」

「‥‥相変わらずつれないね。それとも照れているのかな?」

「あ、うん。そういう事にしとく」



心ここにあらず。

といった風体で邸を出ようとしていたゆきに声を掛ければ、そっけない返答。

友達だと完全に思われているからこその返事だと分かる。
けれど、こうも間単にかわされては面白くないのも事実。


はぁ、と息を吐くと、ヒノエは門扉に手を掛けた。



「ヒノエ?」

「明日のために買い物に行くんだろ?お前の可憐な手に荷物を持たせるのは忍びないからね」



言外に荷物持ちを匂わせた。
すると戸惑いながらもこちらを見上げる大きな眼。



「いいの?‥‥ありがとう」



一人で外出すると未だに問題を引き起こしてくる少女は、ほっとしたように笑った。

















「へぇ、九郎がね」

「うん。朝ご飯の時にはもう出かけていたし、私の何が怒らせたのか聞けなくて」

「野郎の事なんかオレにはどうでもいいけど。変なモンでも拾い食いしたんじゃない?」

「ちょっ、私は真面目に心配してるのに!九郎さんに失礼だよ」

「分かった分かった、真面目に考えるよ。オレの姫君が望むならね」

「その態度が真面目じゃないんだよ」



(本当は私も同じこと考えたけどね)


なんて言えないから代わりに紅の眼を睨む。

笑いながら隣を歩くヒノエの腕には、草履や襦袢、丈夫な皮袋などが抱えられていた。



「‥‥‥で?これで全部かい?」

「う〜ん、全部だと思う。ごめんね、ヒノエ」

「姫君のお役に立てるなら、お安い御用ってね」



ヒノエがウィンクする。
そうすると先程までの妖しい美少年から一転、年相応の少年っぽさが出てくる。

それが妙に、ゆきをホッとさせた。





 


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