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「そろそろ帰ろうか、敦盛くん?」

「ああ。弁慶殿との約束の刻限も迫ってきている」

「帰るんだったら途中まで送って行くぜ」

「‥‥将臣殿、心配要らない」

「そっか」


首を静かに横に振る敦盛に、将臣は妙に納得した。

帰り道に心配など要らないだろう。
ゆきとともに帰る敦盛は、華奢な外見に惑わされそうになるが、とんでもない力の持ち主なのだから。









室から廊へと一歩踏み出すと、夕焼け空。


秋にもなれば日暮れは随分と早い。
清々しい風が、前髪を撫でていった。




「兄上、また来ます」

「気をつけて帰るのだよ、敦盛‥‥‥ゆきさん、ではまた」

「はい!お邪魔しました」

「返事、早めに聞かせてくれよ」

「うん 「何の返事ですか?」 ‥‥‥え?」



背後からゆきを包むような声に、振り返ってそちらを見れば、こんなところにいる筈のない人物が立っていた。



「‥‥‥なんで、ここに?」

「君を迎えに来ました」



にっこりと、優しく笑うと離れた少しの距離を埋める為に廊を歩く。

将臣がちらっと見ると、ゆきは嬉しそうに頬を染めていた。



「‥‥わ、私を迎えにきてくれたの?ほんとに?」

「ええ。大切な君の事を想うと足が勝手に動いてしまって‥‥‥迷惑でしたか?」

「迷惑なわけない!あの、嬉しいです‥‥」

「‥‥あのな、敦盛がいるだろうが」

「良かった。そのついでですが、久しぶりの平家に遊びに来る事が出来ました。君のお陰ですね」

「‥‥‥弁慶さん、ありがとう!」

「ふふっ。言ったでしょう?君のお陰で懐かしい顔に出会えたのですから、礼を言うなら僕の方ですよ」



感激したゆきに抱きつかれて、優しく、どこか嬉しそうに弁慶も腕を回した。






‥‥‥弁慶はさらさらと流れる真っ直ぐな栗色の髪に、頬を埋める。


自分や敦盛、そして弁慶と旧知の仲らしく複雑な表情の経正が見てる前。
そんなことも忘れて、ゆきは更に背を回す腕に力を込めた。





どう声を掛けていいのか。




呆れながら考える将臣に‥‥‥‥一瞬刺さった、視線。



(やっぱりな‥‥物分りがいいって訳じゃねぇか)



恐らく、頃合を見計らって来たに違いない。


平家の懐かしい顔‥‥‥恐らく清盛の事だろう。



弁慶が薬師として平家に入り浸っていた頃は双六仲間だったと清盛から聞いている。
そんな関係から清盛を訪れたのだろう。

‥‥が、「ゆきの迎えついでに」かは果てしなく怪しかった。




もっとも、彼が来た最大の理由は‥‥‥





「あの噂は真実だったんだね。私としては、ゆきさんを敦盛の北の方にと願っていたのだが」

「あっ、兄上!?」

「経正、それ以上言わない方が身の為だと、俺は思うぜ?」




‥‥‥ゆきが誰のものか。

しっかりと見せ付けながら、抱擁を深くしてゆく弁慶。
経正の呟きが彼に聞かれては厄介だ。











「帰りましょうか、ゆき」

「‥‥はい」



顔を上げたゆきは幸せそのもの。



「敦盛くん、君も帰りましょう。きっと今頃、朔殿と譲くんがご馳走を作っていると思いますよ」

「ああ‥‥‥‥客人でも来られるのか?」





「ご馳走」と言う単語が引っかかり、問いかけた敦盛は、何となく後悔した。



途端に浮かぶ弁慶の‥‥華のような笑み。

物凄く黒く感じる。



「ええ、きっと今日あたり来るのではないかと。何しろ突然ですからね、朔殿達も慌てているかもしれません」




 
‥‥‥その言葉で、「誰」が来るか分かってしまった。

熊野出身のこの男も、そして幼馴染みも一筋縄ではいかない。



理解している敦盛もまた、悲しいかな。

幼少の一時期を熊野で過ごした故に、叔父と甥の奇妙な「仲良し」具合を幾度も見てきたから。












夕焼けが深くなって、茜色に夜の群青が混ざり始めた。


三人が肩を並べ京邸に向かい歩く。

そろそろ少女と呼べなくなってきたゆきが真ん中なのは、守るべき存在を庇護する為。



「ゆき、平家はどうでしたか?」

「う〜ん‥‥‥やっぱり少し、視線とか痛かったかな。女房さん達に睨まれちゃいました」



あはは、と明るく笑うゆきに、敦盛は軽く目を見張る。

弁慶が簡単に平家行きを許可したのは、もしかしたら‥‥‥。



「そう言えば弁慶さん、平家の中でのお知り合いって‥‥‥?」

「ふふっ。後でゆっくり教えてあげます。二人きりで」

「‥‥もう、すぐそんな言い方するんだもん」









弁慶の狙いは、『    』なのだろうか?








「‥‥‥ああそうだ、敦盛くん」

「!?」



浮かんだ思考を、見抜かれたようで、胸が激しく鳴った。

背の低いゆきの頭越しに交わされる視線は、さっき彼女に向けていた優しい視線には程遠い。



「‥‥将臣くんが言っていた『返事』について、後で聞かせてもらえませんか?」

「‥‥‥ああ」

「え?弁慶さん、私が話するのに」

「勿論、ゆきからも聞かせてください。でも、込み入った話になりそうですから敦盛くんにも話を聞きたくて」



たった今、敦盛に向いた視線の強さは嘘だったのか。

そう思う程に、今度はゆきを愛しそうに見つめている。






「いつか本当に、源氏も平家もなくなったらいいな」

「ああ、私もそう願っている」

「‥‥‥‥ええ、そうですね」





見上げれば、一番星。


赤とも蒼ともつかぬ空に、眩く主張していた。




 












act2.空を見上げれば

20080628




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