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「景時に?」
「はい。景時さんは気付いてないんですけど」
普段はのほほんとしているが、ああ見えて優秀な軍奉行だ。
そして陰陽術の腕前は、ゆきも信頼している。
その景時が気付かぬ間に術がかけられた、と陰陽師の娘が言う。
俄かに信じられぬ話に弁慶はふと眼を伏せた。
「目的が気になりますね。誰が、何故。そして、どうして景時なのか」
「それなんですけど、一つ聞いていいですか?」
弁慶が「ええ」と頷くと、栗色の大きな瞳が一度揺れた。
言い難そうに躊躇っているのか。
「景時さんが土御門邸に来たのって、いつか分かりますか?」
「いつ、とは?」
「‥‥私を土御門の邸から助けてくれた後は、おかしな術の動きなんてなかったの」
彼と皆が、ゆきを救い出してくれた時。
あの時はゆきの意識は研ぎ澄まされていた。
土御門家当主だけでなく、他の者からの術を警戒していたので、今までになく巡らせていた「気」。
少なくとも彼女の感知するあの場では、動きなどなかった。
それだけは自信がある。
とすれば、つまり。
「‥‥‥成る程。あの後は景時が一条に近付く事もなかった筈ですし、考えられるのは『前』ですね」
「心当たりあるんですか?」
ゆきが身を乗り出して、正面に座る弁慶の手を握った。
非常事態なのに、彼女を心配させる景時に微かに苛立ってしまい、そんな自分の在り様に苦笑が漏れる。
「現在、土御門に連なる者以外の方は何方もお通し出来ぬ、と当主より申し付かっております」
「梶原殿も許されておりません」
(あの時か)
一度だけ、景時と二人で訪れた。
あの時「土御門家の決定なのです」と告げられた瞬間、景時は険しい表情で門前に立つ式神を睨んでいた。
もし、あの瞬間が「そう」なのだとすれば?
「‥‥‥一度、君の様子を知る為に門まで」
「門?じゃぁ、誰にも会わなかったの?」
「門番の式神に。君には会わせられないと言っていました」
「‥式?」
「ええ、景時が‥‥‥」
「──弁慶、彼も式神だよ」
「‥‥‥?」
黙り込んだ弁慶に、ゆきもまた不安そうに俯いた。
「ゆき‥‥この事は、僕達だけで動きましょう」
戦に身を置く景時。
彼が警戒を怠るなど滅多にない。
それは、彼を良く知るものなら誰もが認める事実。
「‥‥‥‥はい」
やがて、ぽつりと告げられた言葉に、ゆきはそっと頷く。
見つめる先は、感情を一切消した軍師の怜悧な眼。
向き合って繋いだままの指先にぎゅっと力を籠め、ゆきは願った。
───もう誰も、巻き込んではいけないと。
act20.色褪せない記憶
20090818
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