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黒い外套の下に、太陽の色。
眼が合えば、強張っていたゆきの肩から余計な力が抜けた。

この人が傍に来るだけで、こんなにも安心する。



「弁慶さん‥‥‥」

「ただいま、ゆき」



五条の邸から帰ってきたのだろう。

外套のフードに手を添え笑う彼に、疲労の色はない。
むしろ少し楽しそうに、ゆきの肩にそっと手を置く。



「お久し振りですね。かれこれ二週間振りですか」

「え、ええ。そうね」

「元気そうで良かった。安心しましたよ」

「弁慶も。何よりだわ」



ゆきは黙って二人を見る。
以前は親しげな会話にすら胸を痛めたのに、嫉妬したのに。

その感情が沸いて来ないのは、彼と「そんな関係」になったからなのか。



(ううん、違う‥‥そうじゃなくて)



あの時と今と、何かが違う。

弁慶と朝緋、二人の間を流れる空気が。



「朝緋殿、先程はすみません。彼女が失礼なことを言ったようですね」

「え‥‥ちょ、弁慶さんっ!?」



むっとして思わず声を上げたゆきの肩に、ぐっと力が籠もる。

黙っていろ、との無言の合図。



「失礼だなんて、全然。楽しくお話していたもの」

「それなら良かった。実はゆきと郁章殿が先日派手に喧嘩してしまって、少し過敏になっているんですよ」

「あら、そう」

「ええ。それで君が郁章殿からの回し者ではないか、と疑ってしまったんでしょうね」




(そ、そんな無茶苦茶なっ!?)


思わず力が抜けた。


(いくら何でも私、そこまで暴走しないよ‥‥多分。あれ‥?してるかも?‥‥い、いやいやそんな事ないない!)



「では朝緋殿、僕達はこれで」

「!──え?」



会話を区切る声。
はっとして、いつの間にか肩を抱いている男をゆきは見上げた。
そんな彼女を無視し、朝緋もくすりと笑いながら頷く。



「ええ、私もこの後約束があるから今日はお暇するわ」

「でもっ」

「またゆっくり話しましょう。ゆきちゃん、お師匠殿と仲直りできるといいわね」



艶やかな長い髪が揺れたかと思うと、女は踵を返した。



「待っ───」

「ゆき」



食い下がるゆきの腕は、呆気なく捕らえられる。
彼の一方の手が肩をぐっと引き寄せる。
「どうして」と言いたげに見上げてきた娘に、首を左右に振った。

その顔にたった今浮かべていた穏やかな微笑が、跡形もなく消えていて。



「気をつけて」

「‥‥っ」



静かな、けれど強い一言。

何を、と訊ねてもきっと彼は答えない。

だからゆきも訊ねなかった。



「弁慶さんも‥気をつけてくださいね」

「ええ、ありがとう」



弁慶が頷いた後。
手を繋ぎ、何事もなかったかの様に京邸に引き返す。

出先から返って来た二人に、庭で洗濯物を干し終わった男がのんびりした笑顔を向けた。



「おかえり〜。何だ、慌ててたのは弁慶を迎えに行ってたんだね〜」

「はい。えっと‥ごめんなさい」

「あ、洗濯?いいよ〜、気にしないで」



笑い声の主に会釈し、ゆきは弁慶と中に入る。

陽射しの程好い廊は暖かく、思わず午睡したくなるような、夏の日。
尤も、実行すれば、前を歩く彼にお仕置きされてしまうけれど。



「どうぞ」

「お、お邪魔します‥」



すっかり思い詰めた様子のゆきの頬を、弁慶の手のひらが包む。

‥‥‥何を心配しているのか。



「ふふっ、遠慮しなくてもいいんですよ。毎晩一緒に過ごしている場所なんですから」

「‥えっ!いやあのっ‥!」

「昨夜だって、ゆきは僕の下であんなに乱 「うわぁぁぁっ!!」



真っ赤になりながら唇を手で塞ぐ。
そんなゆきがおかしくて、弁慶は声を出して笑った。



「‥‥‥少し肩の力も抜けた様ですね」

「え?‥‥‥あっ」



(今のは、私が緊張してたから‥‥?)


元気を出そうとしてくれた。


弁慶の意図が嬉しくて、ゆきに笑顔が戻る。



「では、話を聞かせてもらえませんか?」

「はい!」









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