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「‥‥‥弁慶さん、まだ怒ってる?」
「いいえ。君に怒る筈がないでしょう?心当たりでもあるなら別ですが」
笑顔が怖い。
(嘘だ、絶対怒ってる!!)
‥‥あの時は正直ホッとしたんだとゆきが言えば、弁慶の機嫌は更に急降下するだろうか?
(‥‥だって、本当にドキドキしたんだもん)
チラッと盗み見る、彼の横顔。
まだドキドキするこの胸は、当分治まりそうにない。
『‥‥‥ゆき』
『は、い‥‥』
『もう、いいですね?』
‥‥‥あの時。
『‥弁慶さん、ご飯が出来たんで元宮を起こし‥‥‥‥す、すみません!!』
譲の気が近づいていたことすら気付かないほどキスに夢中だったから、あのまま行けば流されていただろう。
元同級生にあんな自分を見られた。
恥ずかしくて続きどころじゃなくなったゆき。
弁慶も流石に強要する気はなかったらしく、「では僕たちも行きましょう」と二人手を繋いで、居間とゆき達が呼ぶ部屋に来たけれど‥‥。
(分かってるんだよ、私も)
弁慶は優しいから、ただ待ってくれてるだけ。
全てゆきを大切にしてくれているからなんだと。
でも、だからこそ、決心がつかない理由になってしまう。
それを言えたらどんなにいいだろうか。
がっかりさせることが怖くて、キスより先に進めないんだと。
「雨、上がりましたね!」
「ええ‥‥星が出てますから、明日は晴れるでしょう」
ダッシュで箸を動かして夕食を終える。
先に席を立とうとした弁慶の袖を掴み、廊に引き摺ってきた。
さっきまでしとしと降っていた雨は止んでいる。
ぴかぴかに洗われた、満天の星空を二人で見上げた。
「弁慶さん。人は死んだら星になるって言うけど、私の両親はどの星になるのかな?」
「‥‥‥ああ。いつだったか君が教えてくれた、君の世界の話ですね‥‥君のご両親なら」
唐突に何を言うかと思えば。
多少面食らうもすぐに持ち直して、弁慶は星のひとつを指差した。
「きっと、一番輝くあの星だと思いますよ」
こんなに愛しいゆきを生み出してくれた両親は一番輝く星だと、彼女自身に伝わるように。
「‥‥‥でも、僕の一番星は君かな」
「またそんな事を言うんだから」
「ふふっ。本音ですから」
小さく笑うと、弁慶はゆきの肩を抱き寄せた。
(少し、苛めすぎたかもしれない)
別に、あの時中断された事に腹を立ててはいない。
折角の機会を逃したことは少し残念だが、そんなものこれから幾らでも迫ればいい。
ただ不安そうに見てくるゆきが可愛くて、つい。
つい、苛めてしまった。
謝罪も込めて強く抱き締めると、ホッとしたように力が抜ける華奢な身体が愛しい。
「‥‥‥それで、星がどうかしたんですか?」
「あのね‥‥歳をとって、私も弁慶さんも年寄りになって、それでも側にいて‥‥」
「ええ、勿論」
「‥‥それで、星になっても‥‥‥側にいさせてください」
「‥‥」
「ずっとあなたの隣にいたい」
きらきらと星のように輝くゆき。
溢れる感情のままきつく抱き締めた。
「それは‥‥‥申し訳ないですが、無理でしょう」
「えっ‥‥?」
(こんなことを言う私だから、子供っぽいって呆れられたかな‥‥)
ゆきには意外な言葉だった。
その言葉に少しショックを覚えてしまう。
顔を上げたいのに。彼の顔を見たいのに、外套に押し付けられたその力は強い。
「隣ではなく、二人で一つの星になりませんか」
「‥‥‥はいっ!」
それから重ねた唇。
まるで、結婚式の誓いのキスのように
神聖で厳かだと‥‥ゆきは思った。
「‥‥あ、流れ星ですよ!」
‥‥確か、三回願いを唱えれば叶う。
そう教えてくれたのは、他でもないゆきだったか。
「‥‥‥、‥‥‥、‥‥‥」
何を祈っているのか、弁慶の耳にも聞こえない。
けれど、腕の中で真剣に眼を閉じる彼女の顔をじっと見つめた。
ゆきの様におめでたい人間ではないから、何かに祈ったりはしないのだと。
そう言えば彼女は戸惑うだろうか、泣くだろうか。
自分らしいと受け入れてくれるだろうか。
自分とゆきの間に流れる、この温度差すら愛しい。
廊で抱き合う恋人達に痺れを切らした源氏の大将が怒鳴り、軍師が報復計画を立てるのは、このすぐ後のこと。
act1.雨が幸せに変わって降り注ぐころ
20080613
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