(2/4)
陽射しは強くなったとは言え、陰に入れば風が涼しい。
梅雨時の晴れ間は貴重で、今日は雨が降る事はないだろうと判断した、とある洗濯奉行にとっては至福の時間を迎えた。
つまり、
「天気がいいと気分も上がっちゃうね、景時さん!」
「だよね〜。今日中に全部乾かさなきゃと思うと楽しいね〜」
「あはは、大変だけどね」
大好きな義妹との洗濯時間。
真っ白い敷布を、ぱんと音を立てて広げる。
水を含んだ空気が広がった。
「それはあっちにお願いしていいかな?」
「あ、は〜い!‥‥‥‥─?」
視界の隅で、見覚えのある色が揺れた。
いや、視界が先に捕らえたのではない。
武者震いのような、鋭さを放つモノ。
それに全身が震えたのだ。
「ゆきちゃん、どうしたの?」
「‥‥‥‥‥え?」
(景時さん何で気付かないの?凄い殺気なのに‥)
干す前の洗濯物を手から落としたゆきは、景時ののんびりとした問い掛けに驚く。
景時は景時で、「信じられない」と言わんばかりに眼を見開いた娘に驚いた。
「景時さん、今のは」
「今?どうかしたのかい?」
「どうかって‥‥‥」
「ん?」
ゆきは先程の「気の源」の方向を見る。
けれど、少し屈んだ景時が顔を覗き込んできた為、視界は遮られた。
松葉色の、眼。
「──!?」
瞬間、今度こそ息を呑む。
「ほ、本当にどうしたの?」
「ええとっ、私ちょっと弁慶さんに忘れ物を届けなきゃいけなかったんだ!ごめんなさい」
「えっ?う、うん、後はオレがするから───」
「じゃ、行ってきます!」
呆気に取られた景時を残し、ゆきは濡れ縁から玄関に走った。
(‥‥まさか、まさか、あの人っ‥!)
至近距離で、陽光の下、景時の眼の中に見出したのは五芒星の紋。
それが何を意味するのか、一瞬全てが分かったような気がした。
「朝緋さん!」
やはり、先程の色は彼女だった。
豊かで美しい髪の色の持ち主は、ここ二週間、邸に現れなかった女のもの。
「まぁ、ゆきちゃん。何処か急ぎの用かしら?」
「白々しい。呼んだのはあなたなのに」
何が嬉しいのか。
ゆきを見て朝緋はくすりと笑う。
「私が?さぁ、知らないわ」
「じゃぁ、私が呼び止めた事にしてもいいです。別に何でも。聞きたいこと、あるから」
「‥‥‥」
弁慶が好きで、彼に受け止めて貰えたゆきだから。
いつか朝緋と向き合うつもりでいた。
(朝緋さんも弁慶さんを好きなら、ライバルだから‥‥ちゃんと、言わなきゃって思ってたのにね)
彼が好きだから譲るつもりはない。
ゆきは精一杯の勇気を振り絞って、そう宣言しようと思っていた。
そう。景時の眼を見るまでは。
「───あなたは、誰?」
「それは、『誰』に対して聞いているの」
「は‥?」
「私は朝緋。ヒノエとは歳の離れた従姉弟に当たるわ。母方のね」
「従姉弟‥‥」
違う。本当に聞きたいのはそんなことではない。
「それならどうしてこの前、土御門家にいたの」
「この前?‥‥‥ああ」
最後に朝緋に会ったのは、ゆきが囚われていた時。
「そう言えば庭で会ったわね。知り合いを訪ねたのよ」
「‥‥‥それだけですか?」
静かに問いを重ねれば、女の眉間が少しきつくなった。
「何を言いたいの?」
景時の眼に浮かんだのは星紋。
それが何なのか、ゆきは知っている。
むしろ、知り過ぎるほどに。
あまりにもゆきの身近に存在しているから。
ずっと苦労して、修行を積んで馴染んだもの。
今では自分の手足のような───土御門家の陰陽術。
「『あなた』は、土御門の人じゃないの?」
もう一度、今度は聞きたいことを正確に問う。
彼女が土御門家に縁のある人物だったら、いいのに。
思い詰めた眼差しと、黒い眼がぶつかる。
感情の読み取れぬ朝緋の紅い唇が開き、目の前の歳若い陰陽師に何か言葉を生み出そうとした。
だがそれは、別の声に遮られる。
「彼女は熊野の人間ですよ」
「え?」
振り返れば、ゆきのよく知る人物が立っていた。
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