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陽射しは強くなったとは言え、陰に入れば風が涼しい。

梅雨時の晴れ間は貴重で、今日は雨が降る事はないだろうと判断した、とある洗濯奉行にとっては至福の時間を迎えた。

つまり、



「天気がいいと気分も上がっちゃうね、景時さん!」

「だよね〜。今日中に全部乾かさなきゃと思うと楽しいね〜」

「あはは、大変だけどね」



大好きな義妹との洗濯時間。

真っ白い敷布を、ぱんと音を立てて広げる。
水を含んだ空気が広がった。



「それはあっちにお願いしていいかな?」

「あ、は〜い!‥‥‥‥─?」



視界の隅で、見覚えのある色が揺れた。

いや、視界が先に捕らえたのではない。

武者震いのような、鋭さを放つモノ。
それに全身が震えたのだ。



「ゆきちゃん、どうしたの?」

「‥‥‥‥‥え?」



(景時さん何で気付かないの?凄い殺気なのに‥)



干す前の洗濯物を手から落としたゆきは、景時ののんびりとした問い掛けに驚く。
景時は景時で、「信じられない」と言わんばかりに眼を見開いた娘に驚いた。



「景時さん、今のは」

「今?どうかしたのかい?」

「どうかって‥‥‥」

「ん?」



ゆきは先程の「気の源」の方向を見る。
けれど、少し屈んだ景時が顔を覗き込んできた為、視界は遮られた。


松葉色の、眼。



「──!?」



瞬間、今度こそ息を呑む。



「ほ、本当にどうしたの?」

「ええとっ、私ちょっと弁慶さんに忘れ物を届けなきゃいけなかったんだ!ごめんなさい」

「えっ?う、うん、後はオレがするから───」

「じゃ、行ってきます!」



呆気に取られた景時を残し、ゆきは濡れ縁から玄関に走った。



(‥‥まさか、まさか、あの人っ‥!)



至近距離で、陽光の下、景時の眼の中に見出したのは五芒星の紋。

それが何を意味するのか、一瞬全てが分かったような気がした。












「朝緋さん!」



やはり、先程の色は彼女だった。
豊かで美しい髪の色の持ち主は、ここ二週間、邸に現れなかった女のもの。



「まぁ、ゆきちゃん。何処か急ぎの用かしら?」

「白々しい。呼んだのはあなたなのに」



何が嬉しいのか。
ゆきを見て朝緋はくすりと笑う。



「私が?さぁ、知らないわ」

「じゃぁ、私が呼び止めた事にしてもいいです。別に何でも。聞きたいこと、あるから」

「‥‥‥」



弁慶が好きで、彼に受け止めて貰えたゆきだから。
いつか朝緋と向き合うつもりでいた。


(朝緋さんも弁慶さんを好きなら、ライバルだから‥‥ちゃんと、言わなきゃって思ってたのにね)


彼が好きだから譲るつもりはない。
ゆきは精一杯の勇気を振り絞って、そう宣言しようと思っていた。



そう。景時の眼を見るまでは。



「───あなたは、誰?」

「それは、『誰』に対して聞いているの」

「は‥?」

「私は朝緋。ヒノエとは歳の離れた従姉弟に当たるわ。母方のね」

「従姉弟‥‥」



違う。本当に聞きたいのはそんなことではない。



「それならどうしてこの前、土御門家にいたの」

「この前?‥‥‥ああ」



最後に朝緋に会ったのは、ゆきが囚われていた時。



「そう言えば庭で会ったわね。知り合いを訪ねたのよ」

「‥‥‥それだけですか?」



静かに問いを重ねれば、女の眉間が少しきつくなった。



「何を言いたいの?」



景時の眼に浮かんだのは星紋。


それが何なのか、ゆきは知っている。

むしろ、知り過ぎるほどに。

あまりにもゆきの身近に存在しているから。
ずっと苦労して、修行を積んで馴染んだもの。



今では自分の手足のような───土御門家の陰陽術。



「『あなた』は、土御門の人じゃないの?」



もう一度、今度は聞きたいことを正確に問う。

彼女が土御門家に縁のある人物だったら、いいのに。





思い詰めた眼差しと、黒い眼がぶつかる。

感情の読み取れぬ朝緋の紅い唇が開き、目の前の歳若い陰陽師に何か言葉を生み出そうとした。

だがそれは、別の声に遮られる。



「彼女は熊野の人間ですよ」

「え?」



振り返れば、ゆきのよく知る人物が立っていた。






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