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隔てるものが何一つない、深く愛しい繋がり
夜に閉ざされた室内
そこだけがたった一つの世界のように、満ち足りて。
熱に浮かされた互いの声に、人を想う意味を知った。
「ゆき‥‥」
「──んっ」
お父さん、お母さん。
私、この世界に来れて良かった。
この人に、出逢えて良かった。
act20.色褪せない記憶
やけに左腕が痺れている、と朧気な意識の中で思った弁慶がそっと瞼を上げた。
室内に陽が差し、小鳥の囀りが遠くで聞こえる。
夏の始まりを告げるような、朝。
ぼんやりと、覚醒しない頭よりも先に、身体が正確に現状を把握する。
(重いと思えば‥‥‥一晩中腕枕していれば当然でしょうね)
意識せずに生まれる微笑み。
目覚めたての朝が、これ程清々しいと思ったことは初めてだった。
腕の中には、疲れ果てたのかすやすや眠る娘。
昨夜、漸く弁慶の手に捉えることの出来た人。
『もっと‥‥‥弁慶さんの全部、私に下さい』
頬を染め、眼を潤ませながら。
それでも真っ直ぐに見詰めてくるゆきにはもう、敵わない。
「ゆき」
「‥‥ん」
余程疲れたのだろう。
柔らかな頬を指で突いても、起きる気配は全くない。
「経験のない君に、少し無理をさせたかな」
縋りつくゆきが可愛くて、つい。
心の中で言い訳をしながら、指先は頬からゆっくりと辿り、やがて剥きだしの肩に触れる。
するとゆきがぱっちりと眼を開けた。
「んっ‥‥!!べ、弁慶さん!?」
「おはよう、ゆき」
「おはよ‥‥っん!‥‥もう!」
驚き、指先がくすぐったいと身を捩る。
その頬は案の定真っ赤で。
「やぁっ‥‥!‥‥って!なに笑ってるんですか弁慶さん!!」
幸せとはこれ程に笑いを生み出すものなのか。
胸にしっかり抱き寄せると、弁慶は幸福の象徴に口接けた。
───雨はすっかり上がったらしい。
可愛いゆきの声を、弁慶以外の誰にも聞かせぬよう、この空間を隔ててくれた、雨が。
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