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「弁慶さん、すみません!」

「すまん弁慶!」


京邸に戻ってきた弁慶が最初に出会ったのは、玄関で頭を下げる仲間達の姿だった。


「‥‥‥とりあえず中に入りませんか?譲くん、九郎も」


門の中とは言え此処は邸の玄関である。
そして九郎は源氏の大将だ。
人目につくのは避けたい、避けねばならない。


(帰還早々の謝罪なんて、ろくな事がないでしょうが‥‥‥さて、どうしたものか)


そう思いながら弁慶は二人を居間に誘った。














「それで、どうしたんですか?」


円座まろうざに腰を下ろした弁慶が問いかけるまで、二人はなす術も無く立ち尽くしていた。

必死な様子から、二人が落ち着くだけの時間を与えたつもりではある。
ついでに二人にも座るよう薦めれば、ようやく気付いたのか、大人しく従った。

更に茶でも用意して貰おうか。
とも考えたが、流石にそれは意地悪だろう。
これ以上焦らすつもりも、恐らく時間もない。


「大方の検討は付きますが。ゆきが行方不明になったんでしょう?」


それは悲しいかな、消去法で導いた答えだ。

二人の驚いた様子から、どうやら的中しているらしい。
もちろん、全く嬉しくもないが。
弁慶は溜め息を吐いた。


「そうなんです。唐突に元宮が起きたんで、俺が食事を作りました。食べている時も心配で様子を見ていたんですが、いつもの元宮で」

「あんな事があった後だからな。俺達も眼を離すまいとずっと付いてたんだが‥‥‥突然、消えたんだ」

「‥‥‥消えた?」


予想を裏切る九郎の言葉に、流石に目を見開く。


「はい。物理的に『消えた』んです。リズ先生みたいに」


その一瞬前まで、笑って話して、いつもと変わらない様子だった、ゆき。


しかも、消えたのは弁慶が戻ってくるほんの僅か前の事だという。

リズヴァーンと同じ隠形を使うとは思ってもみなかった──。

と驚くも束の間、明らかに消え方が不自然だと二人が判断してすぐ。
邸の玄関で弁慶と鉢合わせたらしい。


「‥‥‥俺達も突然すぎて、どうすればいいか分からなくて」

「そうですか‥‥‥」


そこまで手短に聞くと、弁慶は立ち上がった。


「譲くんは僕と一緒に来て下さい」

「あ、はい!」

「九郎は早馬を出して景時を呼び戻してください。まだ六条にいる筈です」

「景時?ああ、わかったが‥‥‥何処へ呼べばいいんだ?」


予想は何となくついている。

今のゆきが関係している場所。
それは聞かずとも思い浮かぶが、念の為九郎は問う。
弁慶は入り口に向かい、その数歩手前で足を止めた。


「勿論、土御門家ですよ。囚われた麗しき姫君を派手に奪還するのが、武士の役目でしょう?」

「そうなんですか、九郎さん?」

「‥‥‥俺に訪ねるな」


もう何度も彼曰く『麗しき姫君』を奪還してきた弁慶は、それはそれは優雅な笑みを見せていた。

それ故に気付かなかった。


『あの』弁慶がかつて無いほど焦っていたなど。



どこかで、小さな鳴き声が聞こえた。




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