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ずっと、ずっと。
心のどこかでわかっていたのかもしれない。
いつか、こんな日が来ると。
私の居場所が失われてしまう日が、いつか。
「おいで、ゆき。私と共に生きよう」
郁章の言葉が、媚薬の様に甘くゆきの耳から進入してくる。
いっそ宝物を包む如き優しい抱擁なのに、鎖に絡められたと感じてしまう事が悲しい。
「どうして‥‥‥?」
「どうして、ねぇ」
腕を振り払う気力もないままゆきが小さく呟けば、僅かに抱擁が強まった。
耳元で、くすりと笑う気配。
「私が封印を解きさえしなければ、私も君も厄介な因縁に目覚める事などなかった」
「‥‥‥うん」
「私は神にならず、君も神子にならずに済んだ」
「‥‥‥」
「私が大人しくしていれば、君はずっと此処で生きていけた。弁慶殿の傍で幸せになれた。それなのに、何故余計な真似をするのか、それが聞きたいのかい?」
「‥‥‥っ、そうだよ!」
悲鳴の様な掠れた声でゆきは叫んだ。
意地悪な問い方に傷付かないといえば、それは嘘になる。
けれど、それよりもーーー
「師匠の考えてることがわからない!」
安倍晴明が封印したという『龍神の一部』。
その封印を解き、目覚めさせてしまった本人は、相も変わらず意地悪だ。
こんな所は何一つ変わっていない。
ゆきが良く知る、土御門郁章という人物そのままだ。
だからこそ、理解出来ない。
はじめから強大な霊力を所有しているこの師が、理を曲げてまで、力を欲するような人物だとは、ゆきにはどうしても思えない。
「ねえ師匠、どうして白龍と望美ちゃんを苦しめるの?どうして私を、神子に変えたの?‥‥‥そんな事したら、私達が京を滅ぼしてしまうんだよ!」
腕を突っぱね郁章の胸から脱出したゆきは必死に言い募る。
かつて弁慶が、望美と白龍を殺害するつもりだった時と、同じ様に。
───京を守護する龍神が、もう一柱現れた。
現れてしまった。
それは理を曲げてしまった存在。
お蔭で今、五行の気は乱れに乱れている。
本物である筈の白龍の姿が、大人から幼子へと変わってしまったのが証拠だ。
彼が大人の姿を維持出来ないほど弱ったから。
そして怨霊が次々に生まれている。
怨霊を恐れた人々は、町から出られなくなってきているのだ。
既にひずみが出ているこの京で、更に神の力を増幅する役割を持つ存在───新たな神子が生み出されてしまった今、五行の気の流れは嵐の様に乱れている。
猶予は、ない。
存在してはならない自分達の所為で、全てがおかしくなってしまう。
「それを最初から知ってて、どうしてあなたは龍神になったの!」
悲しかった。
自分の中で、郁章の『秘術』がもう、全身に浸透しているのが解る。
ゆきは既に、一介の陰陽師ではなくなってしまったことも。
今ならゆきの力で怨霊を浄化する事も出来るだろう。
そう。
調伏ではなくーーー浄化。
白龍の神子として。望美と同じ清い光で。
願ってもいない、悲しい現実を突きつけられている。
「し、しょっ、師匠はっ‥‥‥京を滅ぼすつもりなの!?」
「ああ、滅べばいい」
まるで天気を占うかのような声音で、郁章は答えた。
act26.君を愛している
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