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「お父さんとお母さんの夢を見せてきたのも‥‥‥中身替えたのも」
ずっと、頭の中から干渉を受けていた。
父と母が京にいた頃の夢。
二人が惹かれ、愛し合い、時空を超えて結ばれる夢。
あれは恐らく、世界に残っていた記憶だ。
記憶の断片を見せられていた。
そうして───巧みに替えられていた。
母をゆきへ、父は郁章へと。
「両親の記憶を汚したのは師匠だよね」
ゆきを『神子』と呼び、自らの身体に宿る龍神に寄り添わせようとした。
母から受け継いだ『白龍の神子』の血。
父から与えられた『血の玄武』の血。
そして古の大陰陽師に与えられた力。
それらを媒体にして、ゆきを神子へと造りかえる強力な術を施した。
「君を愛しているからだ。私の神子」
『土御門家の秘術』───郁章がそう呼んだのは、ゆきの潜在能力を引き出すものでなかった。
呼び覚ましたのは古き縁。
かつての龍神と、神子の縁を、ばらばらに散った欠片から再構築する禁呪。
一歩間違えればゆきの存在すら消えたであろう。
そんな危険な術を随分前から掛け続けていたのは、銀髪の青年。
安倍晴明の転生者、土御門郁章。
「愛してる?嘘つかないで」
何処の世界に、愛している存在を失うかもしれない、危険な賭けをする人間がいるのか。
「嘘ではないが。まぁ、疑り深くなったのは良い事だ。君の人を信じ過ぎる点を、私も案じていたからね」
飄々と言ってのける師からいつもみたいな温もりを感じて、泣きそうになる。
今までのように信じたくなってしまう。
けれど、彼は『敵』だ。
この男はゆきの中から愛する存在を消し、彼を伴侶とするように仕向けた。
ゆきが師と慕っていると知りながら。
ゆきが気付かぬほどの繊細で、激しい力をかけた術。
その存在すら知らぬまま、堕ちていただろう。
『もうすぐしたら弁慶が帰ってくるから、その時にでも聞けばいい』
あの時、九郎が彼の名を呼ばなければ。
『弁慶』と。
あの瞬間から、術がゆっくりと溶けていったのだ。
「‥‥‥怨霊が現れたのも、師匠の所為なんだね」
「直接関与してはいないが」
郁章が頷く。
奇しくも、彼の転生前である晴明に宿ってしまった『欠片』に力を注ぎ、蘇らせたのは郁章だ。
彼が、眠れる神を起こした。
それが京に集う五行を乱し、混乱を招いている。
「ただ龍脈を穢したのは私の所為だけでもない。小さな彼の力が不安定ゆえ、制御出来なかった結果もある」
「そんなの詭弁だよ!」
髪に触れようと伸ばされた手を、ゆきは払った。
「白龍はね、ずっと龍脈の気を把握してた!師匠が厄介な龍神を起こしたから!」
彼は誰よりも世界を想う、確かな神だ。
一緒に戦って生活してきたゆきは胸を張ってそう言える。
だからこそ、
『あなたは、ここにいてはいけない』
そう言われたとき、彼に許否されたと思って辛かった。
自分の存在が混乱を招く一因だと知った今は、その真意を受け取れるけれど。
「ふふ、アレを厄介だと呼べる度胸があるのは君くらいのものだ。私の神子」
「神子じゃない!」
「ならば、私のゆき」
呪札を扱う指が、ゆきの顎を持ち上げる。
今度こそ郁章は本気だ。
先程のように戯れではなく、ゆきは逃れられなかった。
身体が痺れたように動かない。
だからせめて、栗色の瞳で心底から睨みつけた。
「君はもう知ってしまった」
「‥‥‥っ」
ゆきが、京にとって不要物だと。
「もう戻れないよ。君がどれ程願っても、此処で生きてゆくのは叶わぬと」
京を守護する白き龍は、仲間だった優しい彼だけ。
白龍の神子は、大好きな親友の彼女だけ。
「私、は‥‥‥」
この世界が、京が好きだ。
愛している皆が笑って生きていける、この世界が大好きだ。
最愛の彼が包んでくれる腕みたいな、確かなぬくもりを宿す大地が。
‥‥‥だから。
「おいで、ゆき。私と共に生きよう」
郁章の腕がゆきの腕を包む。
壊れ物のような優しい抱擁に、ゆきは眼を閉じた。
act25.始まりの来ない終わりがやって来た
20111227
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