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譲が急遽用意してくれたご飯を物凄い勢いでかきこむ。
「有川くん、これおいしいっ!」
「有り合わせで悪いな。夕飯の支度までまだ間があったからさ」
「ううん!有り合わせでここまで作れる人はそういないって。いいお嫁さんになるねえ」
「‥‥‥元宮」
譲はがっくりと項垂れた。
ゆきはと言えば、茶碗片手に煮物を頬張りながら箸で焼き魚の小骨を取り除くという、何とも忙しない姿だ。
彼女の正面では『年頃の娘がはしたない』と言わんばかりに九郎が眉を顰めていた。
(どう見ても元宮だよな)
それでも美味しい美味しいとにこやかに食を(猛烈な勢いで)進める彼女はいつもと変わらず元気だ。
まるで一週間も眠っていたとは思えない。
‥‥‥一週間、呼吸以外の反応を一切見せなかったとは。
「あのさ元宮」
「ふぁに?ほっほふぁっへ」
「口に入れたまま喋るなゆき!いつも言ってるだろうが」
「あ、ふふぉうはん」
「だから、飲み込んでから返事しろ」
兄というより姑と化した九郎の小言も以前と変わらない。
彼女の存在如何でこうまで空気が変わるとは。
九郎もまた、この一週間何を考えているのかと思うほど寡黙だった一人だ。
「‥‥‥ん。飲み込んだよ、有川くん」
「いや箸まで止めなくていいから」
「んじゃ食べながら聞くね」
「ああ」
再び箸を動かしながら、ゆきは譲に笑いかける。
見るものをほっとさせる笑みは、譲も安心させた。
(皆、喜ぶだろうな)
安心してはじめて、改めて実感する。
このところ張り詰めていた邸内の空気。
とても静かだったことを。
朝からそれぞれ忙しく出かけている。
現在京邸に残っているのは譲と、先程戻ってきた九郎だけ。
九郎ではないが、出かけていなければ説明役は弁慶にお願いしていた。
早く戻って、元気そうな彼女を確かめて欲しい。
そんな事を思いながら、譲は口を開いた。
「まず元宮はどこまで覚えているんだ?」
「うーん、怨霊が出てきて朔と戦ってたところまで‥‥‥かな」
「皆と合流したのは?」
「え、そうなの!?」
「‥‥‥」
「助けに来てくれたんだ。そっかあ、ありがとう!」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
思わず九郎と視線を合わせた。
ほわほわと幸せそうに笑うゆきが嘘を吐いているように見えない。
(覚えていない、のか?)
駆けつけた皆で怨霊と対峙したことや、望美が封印したこと。
その後、倒れたゆきの悲痛な叫び。
原因不明の発光に彼女はとても驚いた様子だったのに。
「あ、それでね。九郎さんにも聞いたんだけど、どうして怨霊が出たんだろ。有川くん、知らない?」
どう説明したものか。
ちらりと向けた視線に気付いていないのか、九郎は眼を瞑っていた。
余計な口出しをすまい、といった姿勢らしいがいっそ憎らしい。
「‥‥‥俺も、実はよく分からないんだ」
結局出たのは、曖昧な答え。
「もうすぐしたら弁慶達が帰ってくるから、その時にでも聞けばいい」
九郎が助け舟を出す形で口を開く。
「‥‥‥弁慶さん?」
「ああ。お前の様子を知れば安心するだろう」
彼ならば上手く話が出来るだろう。
この日溜りの様な娘が、憂い顔を見せぬように。
彼女を心底から想う、あの男ならば。
「‥‥‥うん」
けれど、九郎の言葉は果たされることがなかった。
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