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「弁慶殿、ゆきの様子はどうなの?」


居間、と皆が呼ぶその室に入ってすぐ声を掛けたのは、弁慶が予想していた人物だった。
いつだって、何があっても、事実よりも真っ先に安否を気に掛けるゆきの義姉。


「身体には特に異常ありませんよ、朔殿。今はよく眠っています」

「そう‥‥‥良かった」


ほっと息を吐く朔の声と同時に、張り詰めた空気も幾分緩んだ。
口に出さないが、皆が心配していたのは幾ら鈍い者でも分かるだろう。


「結局、あれは何だったんだ?」


事情を知らぬこの場の総意を問う人物も、やはり想像通り。
期待を裏切らぬ彼らしさに、こんな状態でも笑いそうになった。


「九郎にはどう見えましたか?」


九郎を挟んで景時と向かいの円座(まろうざ)に腰を降ろす。
そうして逆に問い返すと端正な顔に渋面を作った。


「‥‥‥俺が気付いたのは、お前がゆきに声を掛けた後だ。苦しむゆきが光を放っていたのは見たが」

「その後すぐに郁章殿が現れたんだよね〜」


九郎に続いて、景時が頷く。


「タイミング、ええとつまり、時期が良すぎるって思ったのは俺だけでしょうか?」


譲が首を傾げながらの言葉に、若干機嫌がよろしくない望美が同意する。


「あ、それ私も思いました!」


どうやら郁章に対して怒りを覚えているらしい。
あの一連の言動後では無理もないが。


「まるでゆきちゃんがああなること、予測してたみたい」

「それは‥‥‥そうだな」


九郎が言いかけて首を振った。
流石にああまで状況が揃っていると、誰も否定できない。


「ゆきを強くしてくれた方だから本当は言いたくないけれど‥‥‥どうしても、郁章殿の言い方が引っ掛かるわ」


ゆきは自分のモノ発言に対し、「そんな方だったかしら?」と朔もまた首を傾げる。
直接言葉を交わしたのは片手の指で数える程度かもしれない。
だが、ゆきを通して彼の人となり、を朔はある程度理解しているつもりでいるらしかった。
誠実な人物像を信じていたのだろうか。


(確かに誠実ではあったでしょうね。此処に至っても彼なりに戦っているならば)


そこでふと、物問いたげにこちらに向けられた視線に気付く。


「敦盛くん、どうかしましたか。知っている事があれば教えて欲しいんですが」

「‥‥‥いや、何も」

「そうですか」


敦盛は戸惑いつつも否定する。
一連の行動が何か抱えていると訴えているようなもの。
事が事だけに問い詰めたいが、弁慶はあっさり引き下がった。
最悪の事態を想定しているがあくまでも過程に過ぎないこちらとしては、一つでも多くの情報が欲しいところだが、彼の性格上秘密を保守し通すのは火を見るよりも明らかだ。
第一、仲間割れだけは絶対に避けねばならぬ状況。


「とにかく、敦盛以外は絶えた筈の怨霊も現れた。ゆきの異変にしろ、一体どうなっているんだ、弁慶?」

「答えは白龍が教えてくれるでしょう」

「‥‥‥あ」


白龍。

弁慶に言われてはじめて、その場にいながら存在を消したかのように希薄となった神に気付く。
そう、郁章に「識っている」と答えたのは幼子の姿をした龍神だ。

 


「白龍、教えてくれる?」

「神子‥‥‥」


望美が問うと、その小さな眼が切なく震えて見える。
人の言葉と彼の言葉に時々距離があって、白龍の説明が妙な言い回しになってしまう事は今までだって幾度もある。
言葉が拙く、表現に困ってしまう事も。

けれど、それと今の白龍の態度は違っていた。

まるで‥‥‥。


「答えられない、若しくは、答えたくない。白龍が黙り込むのはそのどちらですか?」


俯いた白龍の代わりの如く、弁慶が口を開く。


「白龍、以前から君の様子がおかしい事には気付いています。その原因がゆきであることも。君が何を恐れているのか情報に乏しい今は予想の域を出ませんが、大筋は間違っていないでしょう」

「弁慶?」


誤魔化しを許さぬ真っ直ぐな眼を幼子に向ける友に、九郎は思わず名を呼んだ。
が、当の本人には無視される。


「そろそろ全てを明かすべきではありませんか?」

「‥‥‥っ!」


俯いていた白龍が顔を上げる。
人間くさいその仕草と瞳に宿った動揺を見れば、誰も神だと思わないだろう。
声に出さずに語っている。
続きを口に出すなと、切実に。

口にすれば戻れなくなると。

その視線に気付きながらも、敢えて弁慶は静かに口を開いた。




「───ゆきもまた、神子だと」


神子。
その一言で、その場に居た者は動きを止めた。


「‥‥‥白龍。どういう、こと?」


乾いた声で望美が問う。
視線が注がれる中、小さな龍神はやがてゆっくりと皆の顔を見、それから視線を敬愛する神子に向けた。


「ゆきは白龍の神子だよ」

「‥‥‥え?」

「ちょっと待て白龍。神子は春日先輩だろ。他にもいるものなのか?」


譲が困惑を隠せずに問う。

一人の神に複数の神子。
巫女ならばあるいは存在するが、今までの歴史を顧みても複数の神子など聞いた事すらない。


「いないよ。私の神子は、神子、あなただけ」

「‥‥‥だったら、ゆきちゃんは」

「ゆきは、私でない白龍の神子。理を曲げて生まれた、私の前の白龍の、神子」

「前‥‥‥先代のことかっ!?」


九郎の言に誰も答えない。
衝撃だけがもたらす沈黙は重く、空気に弁慶も何かを感じたのか。
黙って白龍の次の言葉を待った。

 


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