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朔は舞扇を翻した。
此処に至るまで既に二体、足に攻撃を加えて行動不能にしている。
(キリがないわ)
背後から、猛烈な勢いで振りかざす怨霊の一撃。
振り向きざまに舞扇で受け止めた。
ぐ、と足で踏ん張るけれど、手加減を知らない力は想像を超えていて、じりじりと押されてゆく。
「ギシャァァァ!」
「‥‥‥っ!?」
ただでさえ目の前の敵に押されているのに、右側からも怨霊の声と殺気を感じて。
この一撃は止められない。
──そう、覚悟した時。
「朔っ!!」
朔の眼前、一筋の太刀が怨霊の胴体を寸断した。
断末魔を上げて崩れる塊。
その向こうから現れた、貫くような声音と、強い眼差し。
「望美‥‥」
「怪我はない?」
「ええ、ありがとう。‥‥‥ゆきは!?」
「大丈夫、ほら」
指差した先に眼を遣る。
そこにはゆきと、見慣れた背中の幾つかが怨霊と対峙していた。
「敦盛、そっちだ!」
「ああ」
九郎の一閃が腹を凪ぎ、敦盛の杖が頭を捉える。
譲が弓矢で援護射撃をする。
「今です!」
動きを阻止された怨霊を、リズヴァーンのシャムシールが確実に仕留めた。
「‥‥来てくれたのね」
「白龍がね、町中の気がおかしいっていうから、とりあえず邸にいた皆で駆けつけて来たんだよ。間に合って良かった。ね、白龍?」
「うん」
離れた場所で戦う彼らを朔と同じく眼で追いながら、望美が口を開く。
ぶん、と空気を震わせる音が聞こえた。
再び視線を戻すと、それはゆきを背に庇った弁慶が長刀を振るう音。
半円を描く弧の軌跡が身体を裂く。
先程より弱まった茜色の空を、断ち切るかの様に、強く煌く。
「ゆき!」
「はい弁慶さん!臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
弁慶が動きを止め、陰陽師の娘が呪言を唱える。
先程のものとは違い、かつてよく耳にした九字だった。
今度は札を持たず九字を切る指先から生まれた、光でなく──『炎』。
そう、紅蓮の炎。
「‥‥手助けはもういらないみたいだね」
「ええ」
確かに、動く事の出来る怨霊はもういない。
今度はゆきに戦慄を覚えることなく、踊る炎を見つめた。
「望美さん、封印を」
「あ、はい!‥‥‥めぐれ天の声、響け地の声!かの者を封印せよ!」
望美から生まれる白き浄化の光。
清らかな白が辺りを包み、そうして。
怨霊が消えた場に、彼ら以外に人の姿もなかった。
望美達の到着からそれ程時間が掛からず怨霊を片付けられたのは幸いだった。
空に薄い雲がかかり始める。
雨を予感させる曇り空。
星の明かりが届かない夜が、もうすぐ訪れる。
明かりが期待できない雨夜では、流石の彼らでも苦戦を強いられただろうから。
「何とか片付いたな」
「そうですね。‥‥‥しかし何でまた、今になって怨霊が出てきたんでしょうか?」
顎に手を添え考えるポーズを取る譲に、九郎がふむと頷いた。
「俺ももう現れないものと思っていたが、まだ居るのか?」
「‥‥‥いや、私以外の怨霊は既に絶えている筈だ」
「敦盛さんの言う通りです。龍脈は整えられたはずなんだって。でも白龍が‥‥‥」
言い難そうに、望美が俯く。
見かねて、今度は朔が口を開いた。
「以前、龍脈を巡る気の流れが少しおかしいと白龍が言っていたの。その影響だと思うのだけれど」
「それはいつ頃ですか?」
「そうね、昨年の夏だったかしら。白龍?」
「うん」
白龍が首を縦に振る。
彼が常よりも言葉が少ない事に、この場で気付く者は居なかった。
「なあ白龍、それは大変な事じゃないのか?」
「僕も譲くんと同じ意見です。白龍の姿が再び変わった時から想定はしていたんですが、事態は深刻なのでしょう?敢えて僕達に伏せていた理由を、話してくれませんか」
「は!?」
初めて聞いたことに、譲と九郎が分かりやすく驚きの声を上げる。
「弁慶!気付いていたんなら何故、俺達に言ってくれなかった?」
「そうですよ。京を脅かす事態に発展したらどうするつもりなんですか!」
何故、言わなかったのか?
簡単ではないか。
その答えを、しれっとした表情で吐き出す。
「最高位の神である白龍本人が言わない事を、ただの一薬師に過ぎない僕がおいそれと口にする訳にいかないでしょう?」
「‥‥‥」
おいおい。
と心の中で猛烈に突っ込んだ人物が、どれだけ居たのかは‥‥‥闇の中。
彼が決して『ただの』薬師ではないと、誰もが知っている。
それも、一癖や二癖どころの話じゃない。
この場に集う人間だけでなく、此処に居ない景時やヒノエや将臣‥‥‥だけでもなく、方々で言われているのだから。
(白龍はなんて答えるんだろう‥‥)
話し合う彼らの輪から一歩下がっていたゆきは、そんな風に考えて。
‥‥‥心臓が、どくん、と強く打った。
(なに、これ‥‥?)
唐突に、起こる身体の異変を察知したのか、弁慶が振り向いた。
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