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「もうお腹いっぱいだよ」

「食べ過ぎなのよ。もうすぐ晩御飯なのに大丈夫なの?」

「それは大丈夫!お腹空かせるから」

「本当に、仕方のない娘ね。貴女ってばいつもそうなんだから」


朔がくすくすと笑い出した。

呆れを含んだ、けれども限りなく暖かな笑みが大好きだった。
いつも、いつも。
この笑顔と同じ、穏やかで慈愛に満ちた彼女自身も。


(初めて逢った時もこうやって笑ってくれたよね。だから私は緊張せずにいられたの)


柔らかな曲線を描く横顔から視線をずらして、ゆきは空を見上げる。

夕暮れの茜色。
鮮烈な赤ではなく、血を連想させる紅でなく。
身体の中にじんわりと染み入り熱をもたらすような、茜色。


(朔に似てる)


暖かい人。
厳しくて、優しい人。

ゆきの周りには、そんな人ばかりだ。
どんなに自分が恵まれているのか。

彼らに出逢えたから、ゆきは笑っていられる。


「ね、朔、大好きだよ」

「ふふっ、ありがとう。私も大好きよ、ゆき」


唐突な愛の告白を受け、朔はますます笑う。

この笑顔を大切にしたい。


(だから‥‥私が出来る事をやらなきゃね)


ずっと、ずっと、彼女が笑っていられるように。


「ねえ朔、──」

「きゃぁぁあああっ!!」

「っ!?」


女の悲鳴は突然、背後から聞こえた。
朔と二人で振り返る。
そうして、眼を見開いた。


「怨霊!?」

「まさか、そんなっ!?」


買い物帰りなのだろう、腰を抜かしながらも腕の中の赤子を庇う様に抱き締めている女性に、朽ちた刀を振りかぶるのは。

──敦盛以外は、絶えて久しい筈の怨霊。


「三体、四体‥‥まだ増えてゆくわ。でもどうして‥‥」


悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。
あちらこちらか溢れてくる怨霊。

何故、今になって怨霊が復活したというのだろう。


「そんなの後で考えよう、行くよ朔!」

「え、ええ!」


短い返事の後、朔は懐から舞扇を取り出した。
一年以上経っているとは言え、かつて怨霊との戦いを繰り返してきた武器。
握れば、走りながらでも感覚が研ぎ澄まされてゆくのが分かる。


(接近戦にはまだ距離があるわ)


もっと近付かなくては。

朔がそう思った時、隣でゆきが札を構えた。


「朱雀・玄武・白虎・勾陣・帝久・文王・三台・玉女・青龍!」


(‥‥え?)


初めて聞いた呪言。
その言葉を聞いた瞬間、朔の身体を戦慄が走った。

‥‥‥同時に眼を襲うのは、視界を奪う程の眩しく白い光。


「グ‥‥ギャァァ!!」


女性に届こうとしていた刃ごと、怨霊の姿が、光に掻き消えた。


「よし、まずは一体っ!あっち行くから朔はここ頼むねっ!」

「ゆき!離れては駄目よ!」


慌てて引き止めるも、ゆきの背中は既に怨霊の群れに飛び込んでいた。

気が付けば十数体に膨れ上がった怨霊。
彼らを相手に、味方が離れてしまうのは危険過ぎるのに。


(それに、あの光)


あれは、一体。


「‥‥‥仕方ないわね」


ゆきの一撃で朔に気付いた怨霊の一体が、朔に向け振り上げた刀の軌道から、身を翻す。

まずは目の前の怨霊を倒さねば。
小さく呟き、舞扇を閃かせた。








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