(3/6)
 


翌朝。

早くから支度を終えた朔は、半ば引きずられる様にして市場への道程を歩いた。


「ほら!これ、色が綺麗でいいなあって思ってたの!」


何をそこまで興奮しているのか、きらきらと眼を輝かせながら、一本の飾り紐を手に取っている。
薄紫の紐には、一見解りにくいが所々小さな花模様が織り込まれていた。
両端には白い玉が連なっていて、玉に隠された留具をはめると、房の様な形になるらしい。


「朔には藤の花が似合うし、好きでしょ?これなら帯留めにもなるし、髪に結んでも可愛いかなって」


‥‥‥正直、少し意外だった。
ゆきには悪いが、彼女が選ぶにしては普通に綺麗だったから。


(この娘の『可愛い』は少しずれている気がするの)


弁慶が買ってくれたという強面のウシガエルの置物を『かっわいい!!』と頬摺りしてる現場を何度も目撃している。

ついでに言えば先日も。
五条川原の立て札を見て、『可愛い河童だね!』とはしゃいでいた。
補足するが、水難事故防止の為に描かれた河童は、小さい子が見れば夢にまで出て来そうな代物だ。
勿論、可愛いとは真逆の意味で。

だから今日も少しだけ、恐々としていたのが本音だ。


(‥‥‥昨日、弁慶殿がやんわり止めてくれたのかもしれないわね)


ゆきに失礼だと思いつつも、彼女の恋人に感謝の念を送った。


「あれ朔?気に入らない?」

「‥‥いいえ。ふふっ、とても綺麗ね。私が自分で選んでも、きっとこれがいいと思うわ」

「本当!?じゃぁおじさん、これください!」


不安な様子から一転、顔をぱあっと輝かせて代金を支払いにいく娘。

彼女が選んだ物なら例えウシガエル柄や河童柄でも同じ言葉が出たと確信できる自分に、朔は呆れてしまった。


(‥‥‥兄上の事は言えないわね)


同じくらい、義妹には甘いのだから。














それから二人でのんびり店を覗いて。
簪や貝殻の耳飾りを眺めたり、楽しいひと時を過ごした。

途中、立ち寄った一軒の店で、


「私からもお礼にそれを贈るわ」


と朔が、しばらく一点に釘付けだったゆきの視線の先を辿り、そして。

───固まった。


「え、いいよそんなの!これ高いもん!」


きちんと確認していなかった自分を、朔は悔やんだ。


「‥‥‥そ、そうね。違うものにするわ」


頬が完全に引き攣っている事に、義妹は気付いていない。

朔が違うものにすると言ったのは、別に値段の問題ではない(確かに法外な価格だが)。
いわゆる、感性の問題だ。


「朔の誕生日なんだし、私は本当にいいんだよ!‥‥‥あ、これ一点ものなんだ」

「お嬢さんいい趣味してるねぇ。これは『紋吉』の新作で、京じゃ此処しか扱ってない一点物だよ」

「もんきち‥‥ってまさかあの、焼き物職人の紋吉?」

「そうだよー、他に置物とか作ってたあの紋吉だ。あまり有名じゃないのに、詳しいんだねぇ」

「家に置物があるんです。ウシガエルの」

「ああ牛蛙か!あれはいい厄除けになるよ!‥‥じゃぁさ、五条川原の立て札は見たかい?」

「ええっ!?あの河童も紋吉作なんですか?今にも札から飛び出して来そうな迫力があって、すっごく素敵だなあって感動したの!しかも可愛いし!」

「そうかいそうかい!いい眼を持ってる子に会えておじさんは幸せだよ!他にもこれなんかねぇ‥‥‥」


ゆきと店主が意気投合している。


「‥‥‥」


ゆきが眼を輝かせながら見つめていたもの、それは。
これまた夢に出て来そうな化け猩々‥‥‥もとい、タヌキのお面だった。

一体誰が、そんなおどろおどろしい形相のタヌキ面に金を出すのか。
と思ったが、どうやらゆきの他にも『まにあっく』な『ふぁん』が世の中には存在しているらしい。


「ねえ朔!」


きらきらと眼を輝かせながら『まにあっく』な娘がこちらを振り返った。


「な、何かしら?」

「秋になったら紋吉の新作が出るんだって!今度は完全オリジナルで、なんと『とぐろを巻いた錦ヘビ VS 水田の大旦那ヒキガエル、渾身の一撃』シリーズなんだよ!これは絶対買わなきゃっ!」

「‥‥‥そ、そう。良かったわね」

「うん!あー、楽しみだなあっ!」


もう何も言うまい、と心に誓った。







BACK
栞を挟む
×
- ナノ -